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嘘つきはだれ?  作者: 金原 紅
本編
7/100

苦行のお茶会1

 作業部屋が出来るまで魔道具作成をオルスロットに禁じられてしまい、暇を持て余しつつあったある長閑な昼下がり。お茶の準備をしつつクセラヴィーラが放ったその話題に、レイティーシアは顔をしかめた。


「奥様、あと3日でウィンザーノット公爵令嬢主催のお茶会でございますね」

「…………そうでしたね」


 いかにも嫌々といったレイティーシアの返答には一切取り合わず、クセラヴィーラは本題を切り出すのだった。


「それで、奥様はどのドレスで出席なさるのでしょうか。わたくしどもの手伝いは不要と仰っておりましたが、何も知らぬでは、わたくしどもも旦那様からお叱りを受けてしまいます。どうか、教えてくださいませ」


 丁寧にへりくだった言い方で笑みを浮かべながら放たれた言葉だが、クセラヴィーラの茶色の瞳は一切笑っていない。絶対に今日は譲らない、という意思がひしひしと伝わってくる。

 クセラヴィーラはレイティーシアに付けられた侍女の筆頭。この屋敷の侍女の中でも古参で、主人であるオルスロットの命令に忠実であり、そしてそれ以上にオルスロットおよびにランドルフォード侯爵家の不利益になることは許さない、といった風情の人間である。

 レイティーシアは人にかしずかれることが苦手であり、レイト・イアットであることを隠すためにも、オルスロットの「自由にしていい」という言葉を盾にマリアヘレナ以外の侍女はあまり側に置かないようにしていた。しかしそれは、クセラヴィーラの目には不審に映っていたらしい。どうにも対応が厳しい。


 一分の隙もなく綺麗に結いあげられた金褐色の髪の毛とピッシリと伸ばされた背筋同様、真面目で厳しいクセラヴィーラの眼差しにレイティーシアは降伏する。


「お茶会の日は、実家から持参したドレスを着る予定です」

「ドレスを見せて頂いてもよろしいでしょうか?」

「……はい、構いません。マリア、持ってきてちょうだい」

「畏まりました」


 有無を言わせないとばかりに、より迫力が込められたクセラヴィーラの笑顔に少し恐怖を抱きつつ、壁際に待機していたマリアヘレナに指示をする。

 先日の爆発騒ぎ後に新たにレイティーシアに与えられた部屋も、居間と寝室の二間続きの部屋だった。寝室には広い衣裳部屋が備え付けられており、ドレスなどはそこに収納しているのだ。


 そしてすぐにマリアヘレナが持ち出してきたのは、いつもレイティーシアが着用している物同様、ゆったりとしたシルエットのドレスだった。色はローズグレーと地味ではあるが上等なシルク製であり、袖や裾、襟元には美しい刺繍が施された品としては悪くないものだ。

 しかし詰襟で体のラインを一切(あら)わにしないその形は、一体いつの時代のドレスかというほど流行を完全に無視している。


 そのドレスを見つめたクセラヴィーラは、より一層笑顔の迫力が増した。そして凍てついた声で、淡々と語りかける。


「奥様。今のドレスの流行をご存じでしょうか?」

「ええと、胸元を広く開けて、ウエストの細さを強調した華やかな色合いのドレスでしょうか」

「はいその通りです。奥様が流行()ご存じのようで、安心致しました」


 そう言うクセラヴィーラの笑顔は、主張していた。じゃあなぜ流行を無視する、と。

 しかしレイティーシアはその笑顔から目を逸らし、反論を試みる。


「私は田舎に居ましたもので、流行のドレスは持って居ないのです」

「左様でしたか。そのようなこともあるかと思いまして、仕立て屋を手配済みです。もう間もなく来る頃合いです」

「えっ、仕立て屋を……?」

「はい。今からですと一から仕立てていては間に合いませんので、既製品を手直しする形になります。わたくしの配慮が足りておらず申し訳ございません」


 静かに頭を下げるクセラヴィーラは、より一層迫力の籠った笑顔を浮かべていた。恐ろしすぎるのだが、このままでは押し切られてしまうのでレイティーシアはなんとか反論を試みる。


「でもクセラヴィーラさん。流行のウエストを締め付けるドレスは苦手で……」

「何を仰いますか、奥様。女性は、我慢と日々の努力を重ねて、美を追求しているのです」

「ですが……」

「良いですか、奥様!」


 なおも往生際悪く反論を試みるレイティーシアに、クセラヴィーラは声を張り上げた。


「ウィンザーノット公爵家令嬢、ナタリアナ様はお若いながらも、社交界の中心に居られる方です。のお方の発言力は非常に強いものです。そして」


 そこで一度区切ったクセラヴィーラは、茶色の瞳に強い光を込め、レイティーシアを見つめる。分厚いレンズと長い前髪で実際には見えてはいないだろうが、レイティーシアの瞳を見据えていた。


「ナタリアナ様は、かねてより旦那様との婚姻を強く望んでおられました。ですから、何があっても奥様は隙を作ってはなりません」

「……なぜ?」

「ナタリアナ様は生粋の王都の貴族です。その矜持はとても高いものです。いくら旦那様が奥様をお選びになられたとはいえ、付け入る隙を与えてはどのようなことになるか分かりません」

「……分かりました、肝に銘じますわ。忠告、ありがとうございます」


 素直に忠告を受け入れると、クセラヴィーラはようやく笑顔の迫力を少し弱めた。


「ご理解頂けて安心致しました。では、ドレスを仕立てた後は髪の毛と肌のお手入れをさせて頂きますので、ご承知おきくださいませ」

「え……」

「奥様の髪の毛や肌は清潔ですが、どうも傷んでいるようにお見受け致します。マリアヘレナさん、いつもどのようなお手入れをしていたのですか」


 いつも身支度の際はマリアヘレナ以外側に置いていなかったため、マリアヘレナへと叱責が飛び火した。慌ててレイティーシアはクセラヴィーラを止める。


「クセラヴィーラさん、マリアは侍女というより魔道具製作の助手なんです。普段の身支度は私自身が行っていました。マリアに落ち度はないわ」

「なんということですか……」


 一つ大きなため息を吐いたクセラヴィーラは、再びド迫力の笑顔を浮かべる。


「では奥様。これからは必ず、わたくしどもでお世話をさせて頂きます。当家が誇る、美容技術をもって、奥様を磨かせて頂きます!」

「は、はい。よろしく、お願いします……」

「あと、その眼鏡も外して頂きたいのですが」

「眼鏡!?」

「はい。それはあまりにも野暮ったすぎます」

「いやです! 眼鏡だけは、いやです!!」


 大きな眼鏡を押さえ、子供のように顔を振るレイティーシアにクセラヴィーラは目を見張る。

 この屋敷に来て以来常に穏やかだったレイティーシアが、声を張り上げて拒絶を露わにしたのだ。あまりの取り乱しように、クセラヴィーラも強引に話を進めることができなかった。


「しかし……」

「クセラヴィーラさん。レイティーシア様は眼鏡を外してしまうと何も見えないのです」


 今まで壁際で控えていたマリアヘレナがそっとレイティーシアの側へ寄り、その肩を撫でながらクセラヴィーラへ説明する。


「それほどまで目がお悪いのですか……?」

「はい、細かい作業が多いもので、目に負担が掛ってしまったようなんです」

「それでも、確か視力も魔術で回復できたのではありませんか? 貴族の女性が、このような大きな眼鏡で顔を覆ってしまうなど好ましくないです」

「そうなのですが……。どうか、眼鏡は無理には外さないで頂きたいのです」


 そう言って頭を下げるマリアヘレナと未だに小さく震えるレイティーシアに、クセラヴィーラは大きくため息を吐いた。


「分かりました。奥様、その眼鏡は外す必要はございません。眼鏡を含めて、美しく磨くのがわたくしどもの役目です」

「ありがとうございます……!」

「その代わり、ドレスと美容については一切妥協は致しません。さて、そろそろ仕立て屋が到着した頃です。奥様、準備を致しましょう」


 そしてまるで頃合いを見計らったかのように、仕立て屋の到着を知らせに来た侍女がレイティーシアの部屋の扉を叩いたのだった。

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