囚われ3
目を閉じてもなお眩しく感じるほど強烈な光に、レイティーシアは顔も伏せた。
不思議と、レイティーシアに何かがぶつかるといった事はないが、周囲には何かが崩れる音が響き渡り、地面すら揺れているようであった。恐怖にぎゅっと身を縮こませ、ただただ時が過ぎるのを待つしかなかった。
そして、しばらく体を丸めて小さくなっているうちに、光や音が止んでいた。
薄暗い部屋に閉じ込められていた先ほどまででは感じることのなかった、爽やかな風が通り抜ける。
「何が起きたの……?」
恐る恐る、顔を上げて辺りを見回すが、強すぎる光を浴びたせいで目がチカチカしていた。パチパチと瞬きをしながら目を凝らしているうちに、ぼんやりと周囲の状況が見えてくる。
周囲に沢山積まれていた木箱は吹き飛び、あちこちに木片や中に入っていたのであろう荷物の残骸が散らばっていた。さらに、ランファンヴァイェンが繋がれていた壁と付近の天井の一部は崩れ、青空が見えていた。
周囲の惨状に比べ、自身は全く怪我も負っていないことに少し疑問を抱きながらも、慌ててさらに周囲を見渡す。
「ランファンヴァイェンさん!?」
そして見つけたのは、崩れた壁の外で倒れているランファンヴァイェンだった。ぐったりと力なく倒れている様子に、恐怖が込み上げてくる。
足枷のせいで何度も転びかけながらも駆け寄り、ランファンヴァイェンの状態を確認する。
ざっと見る限りは外傷はなさそうなのだが、体に力はなく、息も弱々しいものであった。そして服はボロボロに破れ、さらにその下の褐色の肌には、見慣れない黒い紋様が浮かび上がっていた。
胴体や腕は勿論、指先や顔までびっしり覆い尽くすソレは、ゆっくりと色を薄くしながらも、不気味な存在感を放っていた。
「これは一体…………? あぁ、でもそんなことより……。ランファンヴァイェンさん、しっかりしてください!」
不気味な紋様も気になるが、それよりも優先すべきはランファンヴァイェンの容態だ。
外傷がないためどれ程効くか分からなかったが、癒しの魔法を使いながら声を掛け続ける。
「ランファンヴァイェンさん、目を覚まして……」
「ぅ…………」
「っ! ランファンヴァイェンさん!!」
何度も何度も癒しの魔法と声を掛け続けていると、ランファンヴァイェンが小さな呻き声を漏らし、僅かに瞼が持ち上がる。
そしてしばらく青空を見上げるように、ぼんやりと宙に視線を彷徨わせてから、ゆっくりとレイティーシアに視線を合わせた。
「あぁ、よかっタ……。お守りハちゃんと、効きまシタね」
「え……?」
「奥様、もう、魔法ハ、止めテくだサイ……」
「でも!」
「魔法ハ、無駄、なンデス。本来ナラ……、命と引き換え、ですカラ」
「それは、どういう……?」
ランファンヴァイェンの言葉に嫌な予感を感じながらも、恐る恐る問う。無意識に、泣くのを堪えるような表情になっていた。
そんなレイティーシアの様子に、ランファンヴァイェンは困ったような笑いを浮かべながら、ゆっくりと右手を自身の左胸の上に移動させる。
「コノ、奴隷の証で、呪印が壊れテタのを、忘れてましタ。ダカラ、呪ハ不完全で、ワタシもまだ、命が有りマス」
ランファンヴァイェンの右手の下、破れた服から見える褐色の肌には、痛々しい焼印の痕があった。そしてその焼印の痕とその周りにだけは、不気味な黒い紋様は浮かび上がっていなかったのだ。
「それなら……!」
「イイエ。無理、デス。分かるンデス。ワタシの命の残りハ、あと少シ。魔法、デハどうすることモ、出来ませン」
「そんな…………」
気が付いた時には、涙が溢れていた。
頬を伝った涙がぼたぼたと服を濡らしていても構わず、レイティーシアは癒しの魔法をランファンヴァイェンに掛け続けた。
「奥様……。止めテ、くだサイ。もう、十分デス」
「嫌です! 諦めるなんて、そんなこと、しません!!」
「あぁ……。本当ニ、もう、十分なんデス。奥さま、ワタシなんか置いテ、早く、逃げテくだサイ」
「置いてなんて、いけません! ランファンヴァイェンさんも、一緒に、帰るんです……!!」
元々レイティーシアはそんなに魔力は多くない。あっという間に魔力は底をつき、癒しの魔法も掛けられなくなっていた。
それでも必死に、残りの僅かな魔力を掻き集め続ける。
「奥様……。本当ニ、ありがとうございマス。申し訳、なイデス」
「っランファンヴァイェンさん!!」
「…………あぁ。空が、青いデスネ……」
ランファンヴァイェンはゆっくりと空へ視線を巡らせ、ため息を吐くように小さく呟く。そして、どこか満足そうな笑みを浮かべながら、瞳を閉じたのだった。
「ランファンヴァイェンさん……! そんなっ、うそ……。いやっ、目を開けてください! ランファンヴァイェンさんっ!」
どんなにレイティーシアが声を掛けても、体を揺すっても、ランファンヴァイェンは瞳を開けることはない。
先ほどまで、薄っすらとではありながらも不気味な存在感を放っていた、黒い紋様もすっかりと消え去っていた。ただただ、力ないランファンヴァイェンの体が横たわっているだけであった。
しばらく呆然と、ランファンヴァイェンの側で座り込んでいた。
レイティーシアにとって、目の前で近しい者が命を落とすことなど、今までなかったのだ。しかも、その死の一因が自身にあるのだ。
何も、考えることも出来なかった。
まだ危機が去っているとも限らず、本当ならば直ぐにこの場から逃げるべきだったとしても、動くことができなかった。
そして無情にも、危機は去っていなかった。
「っち、クソが。勝手に死にやがったか」
「っ!? コルジットくん……!」
ガラガラと、少し離れた場所の瓦礫の山を崩しながら、コルジットが這い出してくるのだった。そして全身に傷を負いながらも、あっという間にレイティーシアとの距離を詰め、強引に腕を掴む。
「ま、何にしても、アンタさえ連れてければいいんだ。さっさと来いよ」
「いやっ!」
無理矢理連れて行こうとするコルジットに、必死で抵抗する。しかし、コルジットの小さな体からは想像出来ない程強い力で腕を引かれ、レイティーシアは引きずられるように移動させれようとしていた。
分かりにくいかもなので補足ですが、レイティーシアが無傷なのは、前々話でランファンヴァイェンが施したお守りの呪印のおかげです。
高性能過ぎる気はしますが……。




