囚われ2
レイティーシアを見るコルジットは、今までの純朴な少年らしい空気は一切なく、酷薄な雰囲気を纏っていた。そしてニヤリと笑うと、楽しげに語り出す。
「アンタの魔道具すごいなー。適当にアンタを床に投げただけで発動すんだもん。ビックリしたよー」
コルジットが言うのは、恐らく防護用の結界を発動するイヤリングのことだろう。床に投げられた衝撃を攻撃と認識し、防護結界が発動したようだ。
しかしあのイヤリングの結界は、使用者が意識せずとも発動し、一時的に護るためのものだ。少し経てば自動で結界は消えるため、結界が消えたあとに魔道具を取られたのだろう。
思わぬ原因で魔道具の存在を知られ、そして奪われた事に小さくため息を吐く。
幸い、足枷を付けられてはいるがそれ以外の拘束はない。魔法に対しても制限はされていない様子だ。
とは言っても、レイティーシアが使えるのは簡単な治癒魔法と防御魔法といった支援系のものだけであり、攻撃手段は持っていない。恐らくコルジットたちもそこまで知った上で、ここまで緩い拘束しかしていないのだろう。
魔道具もない状況では、レイティーシアではどうにもできそうにない。それでも、どうにか状況を改善する糸口を掴めないかと、ためらいながらもコルジットへ問いかける。
「……わたしのブレスレットはどこですか」
「ブレスレット~?」
「あれは魔道具ではありません。返して下さい」
うまくいけば他の魔道具を取り戻せるかも、と嘘ではない要求をする。
しかしコルジットのあっけらかんとした答えは、残酷だった。
「アンタが身に付けてたのはぜーんぶ捨てたよ? どれが魔道具か分かんないしねー。勿体無かったけど、ウチは鉱石沢山あるから安心しなよ。嫌ってほど作ってもらうからね」
酷薄な笑みを浮かべるコルジットに、ゾッとする。レイティーシアは無意識のうちに後退っていた。
怯えるレイティーシアを追い詰めるようにコルジットが一歩足を進めた時、ガシャリ、と鎖を鳴らす音が響く。そうしてコルジットの注意を引いたランファンヴァイェンが、口を挟む。
「鉱石が沢山ということハ、やはりアナタたちはベールモントの者ですネ?」
「ベールモント……」
ベールモント王国は、このテルベカナン王国の北に位置する隣国だ。険しい山々が国土の半分以上を占める彼の国は、鉱物資源に恵まれているが、平地が少ないうえ、厳しい気候のため農業には適さない。一方テルベカナン王国は肥沃な大地に恵まれ、気候も温暖だ。
隣国ではあるが、あまりにも環境が違うからだろうか。
ベールモント王国は常にテルベカナン王国の土地を狙い、度々戦争が起きている。今も、停戦はしているが、決して友好的な関係ではない。
そんな国の者と思われるコルジットが、魔道具技師であるレイティーシアをさらった。
とても不穏な情報にコルジットを見上げれば、嘘くさい驚いたような表情を浮かべていた。
「ああ、アンタも居たんだっけ」
「っぐ!」
「ランファンヴァイェンさん‼︎」
ワザとらしい言葉を掛けると同時に、コルジットは一歩踏み出し、強烈な蹴りをランファンヴァイェンの腹へ放っていた。
「ほんっと、アンタうざいね。アンタのせいでムダに時間かかったし、余計な事言ってくれるし!」
「やめて!」
喋りながら何度もランファンヴァイェンを蹴りつけるコルジットの前へ、強引に割り込んだ。
眼前へ迫る足にギュッと目をつぶる。
「おっと、危ないなー」
「っ! 奥サマ……!」
覚悟していた痛みがいつまでも来ない事に恐る恐る目を開くと、レイティーシアに当たる直前でコルジットは足を止めていた。そして不機嫌そうにため息を吐く。
「大人しくしててくんないかなー。そのオッサンも殺しはしないし。ちゃんと言う事聞いてれば、悪いようにはしないよ」
イライラとした調子で告げられた言葉に、レイティーシアは俯く。そして、ずっと頭の中を巡っていた言葉を口にする。
「……なんで、ですか」
「ん?」
「なんで、こんなことを……。なんで、わたしたちを、連れて行くんですか?」
絞り出すように問い、コルジットを見上げるが、問われた彼はキョトンとした表情で首を傾げていた。
「だって、持ってないものがあれば欲しくなるものでしょ?」
「え……?」
「自分が持ってないものがヨソにあって、それが良いものなら欲しくなるじゃん。ま、オッサンはただのオマケだけど」
コルジットはさも当然、とばかりにそう言い放つ。
あまりにも無茶苦茶な言い分に愕然としていると、ランファンヴァイェンが呆れたように吐き捨てる。
「本当に、身勝手ですネ」
「はっ、何とでも言えば? アンタたちみたいに恵まれた環境じゃないもんでね」
「開き直るとハ、ますます山賊らシイ」
コルジットを煽るような発言をしながら、ランファンヴァイェンはレイティーシアの腕をそっと引く。そしてレイティーシアを庇うように、鎖が許す限り自身の体を前へと出す。
「そのような考えだカラ、アナタたちの国はいつまでも貧しいノデス」
「てめぇっ!」
「ランファンヴァイェンさん⁉︎」
激昂したコルジットがランファンヴァイェンの胸ぐらを掴み、引き上げる。そしていつの間にか取り出したらしい大振りのナイフを振りかざし、今まさに命を奪おうとしている瞬間。
ランファンヴァイェンは薄っすらと笑みを浮かべ、レイティーシアには聞き取れない、不可思議な言葉を唱えていた。
「♭∂∪^∞¢」
そしてその言葉の直後、強烈な光に包まれたのだった。
最後のランファンヴァイェンの呪文は、適当に記号を並べただけで特に意味や読み方はありません。




