焦燥3
オルスロットの愛馬が居るのは第二騎士団の隊舎近くの厩で、城門付近のこの場からは大分距離がある。ソルドウィンが作った即席の魔道具の制限時間もあることを言い訳に、衛兵用の馬を半ば奪うように借り受け、オルスロットは城から飛び出すのだった。
御前試合があるだけに普段以上に王都は賑わい、人が溢れていた。もどかしい思いを抱きながら、魔道具を右手にぶら下げ、左手で手綱を握る。
魔道具はほんの少し浮き上がり、飾りの先端が一定の方向を指している。
恐らく、この方向にレイティーシアが居るのだろう。
「どうか、無事で……!」
頭を過る様々な考えを振り切るため、きつく唇を噛み締める。
恐らくレイティーシアが攫われたのは、レイト・イアットとしての能力が目当てだろう。いくら貴族でオルスロットの妻とはいえ、白昼堂々と誘拐するなど、リスクが高すぎるのだ。
そこまでしてレイティーシアを求めるということは、彼女の魔道具職人としての能力が狙われたと考える方が自然だ。
それならばきっと、無茶をしなければ身の危険は無いはずだ。
捜索を人任せにして待っていることなど出来なかったため城を飛び出して来たが、アンゼリィヤの報告で第一騎士団も動いているはずだ。元々御前試合で人の出入りが増えている分、王都への出入りについても厳しい確認が行われている。
そう簡単に王都から攫った人間を連れ出すことなど出来ないから、まだレイティーシアも王都内に居るだろう。
「王都に居るのであれば、危険に晒す前に、助け出します!」
魔道具は一定の方向を指し示すだけであり、レイティーシアまでの道筋は示してくれない。細い路地に入ったり、時には行き止まりに引き返したりを繰り返しながら、時ばかりが過ぎているような感覚であった。
それでも焦る気持ちを抑えながら、魔道具の示す方へ、示す方へと進むと、ついに魔道具が今までとは違う動きを始める。
「これは……?」
今まで一つの方向を指し示していた魔道具の飾りが、円を描く様に揺れているのだ。それはまるで、この辺だ、と言っているかの様であった。
オルスロットは馬を止め、周囲を見回す。
いつの間にか人気の少ない、静かな場所に出ていた。突き当たりには岸辺を石で固めた運河があり、周囲は無骨な造りの建物が並んでいる。
「倉庫街ですか……」
倉庫街はその名の通り、倉庫の建ち並ぶ一画だ。王都に店を構える商会が在庫を保管したり、王都の外へと出荷する品物の保存したりするのだ。
建ち並ぶ倉庫の数は多く、しかも外から中を伺うことは難しい。
人や物を隠すにはうってつけの場所に、オルスロットは眉間のしわを深くする。
「もう魔道具には頼れないか」
再度魔道具に視線を落とすが、円を描くばかりで、これ以上レイティーシアの居場所を示してはくれない。
一つ大きなため息を吐くと、馬から下り、突き当たりの運河まで進む。
幅の広い運河はゆったりとした水が流れており、焦るオルスロットの心とは正反対の景色であった。思わず舌打ちを打ちそうになりながら、視線を岸辺に走らせると、キラリと光る何かが目に付いた。
明らかに今求めているものとは違うのだが、引っかかるものがあり、その光るモノの側に膝を付く。
「っ! これは!」
岸辺を固める石の隙間に生えた雑草の中に埋もれる様に落ちていたのは、細い銀の鎖に小さな紫色の石の飾りがついたブレスレットであった。決して珍しい物ではないが、間違いなく、それは社交シーズンの始まりにオルスロットが贈ったものだ。
レイティーシアが毎日身に付けてくれているそれが、運河の側に落ちていたという事実に、どうしようもない不安が高まっていく。
運河を流れる水は決して綺麗なものではなく、底を見通すことは出来なかった。北の国境付近で遺体で見つかったジルニス家の鍛冶職人の件が頭を過ぎる。
より深く眉間にしわを刻み、嫌な想像を振り切る様に周囲へと視線を巡らせた時だった。
「っ!?」
ドォォン! という爆音とともに、倉庫街の一画にある建物から黒煙が昇っていた。




