焦燥1
話の筋は変わりありませんが、前話の後半を書き直してます。
御前試合2日目の開始時間が迫った頃。観客もほぼ客席へと向かい、人気は既に全くない闘技場の裏手で、オルスロットは試合用の模擬剣を振るっていた。
本来ならば闘技場内の控え室に居るべき時間なのだが、どうにも心が騒いで仕方がなかったのだ。飛び散る汗もそのままに、ひたすら無言で剣を振るう。
音もなく、鋭く剣を振るうその姿は、まるで剣舞を舞っているかのようであった。
しかし観客のない剣舞は、唐突に終わりを迎える。
「何故こんなところにいらしたのですか、団長?」
「そりゃー俺のセリフだ、オルス」
呆れた様子で声をかけながら歩いて来るのは、騎士団長の正装をキッチリと着込んだバルザックだった。そしてオルスロットの側まで近付くと、手に持った布を投げつける。
「いっくら出番がまだだっつってもよぉ。いつまでも控え室にお前が戻らねぇから、係のヤツが走り回ってたぞ」
「……すみません」
気まずげに言葉を返すと、受け取った布で軽く汗を拭い、バルザックと共に闘技場へ向かう。
しばらくは無言で歩いていた二人だが、おもむろにオルスロット気になっていた点を口にする。
「しかし団長、いくら私が戻らないからと言って、貴方が来る必要はないでしょう。貴方は試合の最初から出番があるはずですが?」
「いやだってよぉ。早くからスタンバイしてっと、近衛のヤツやら第一のヤツがうっせぇからよ」
「……ギリギリに行ったら、より近衛騎士団長や第一騎士団長のお小言を頂くことになると思いますが?」
呆れ混じりにそう告げると、バルザックは一瞬嫌そうな顔をしながらも、あっさりと言い放つ。
「ま、なんとでもなるだろ。そんなことよりだ」
あからさまに話題を逸らすバルザックにため息を吐きながら、オルスロットは続きを促す。
「そんなこと、ではないのですが……。一体どうしたのですか?」
「さっきチラっと客席見たけど、どーもまだアンゼとお前の奥方が来てないようだったが、どうしたんだ?」
「レイティーシアたちがですか?」
バルザックがもたらした情報に、より一層胸騒ぎが酷くなり、オルスロットは眉間のしわを深くする。
「朝は、普通に観戦に来ると言っていましたが……」
「お、いーとこに居た」
「……? ソルドウィンですか。一体どうしたのですか?」
ちょうど闘技場の入り口近くまで辿り着いた時、ソルドウィンから声を掛けられたのだった。
魔術師の正装に身を包んだソルドウィンは、何やら深刻そうな表情をしていた。そしてバルザックを見て小さく
舌打ちをするが、そのままオルスロットへと話し出す。
「時間がないからもういいや。ランファンヴァイェンさんの行方が分からなくなってる。うちで探してるけど、念のため注意しといて」
「……分かった」
「ランファンヴァイェン……? 最近貴族の間で人気の異国の商人だろ。買い付けにでも出てるんじゃないのか?」
バルザックが首を捻りながらそう言うが、ソルドウィンはあっさりと否定する。
「そうだったらイイんだけどね。昨日、約束があったのに、店にも家にも居なかったんだよ。あの人は商人だから、絶対に約束を反故にしたりしないのに……」
苛立たしげに身に付けた魔道具を弄るソルドウィンは、睨み付けるようにオルスロットを見上げた。
「そんで、姫さんは?」
「それが……」
「っ団長! オルスロット!!」
「……? ハロイドか、どうした?」
突然大きな声で名前を呼ばれ、振り返るとハロイドが息を切らせて駆け寄ってくるところであった。
ハロイドは今回の御前試合には出場しておらず、今日は非番であるはずだった。それが一体何事なのであろうか。
一同が訝しげな視線を送る中、バルザックの側まで近づくと、息も整えずに口を開く。
「団長、あとオルスロット! 早く門へっ!! アンゼリィヤが、血まみれで貴方たちを呼んでるっ……」
「っ!?」
「なんだって!?」




