御前試合1
御前試合とは、騎士たちにとって年に一度の一大イベントだ。
各騎士団の精鋭が出場し、一騎討ち形式の試合を行うのだ。試合はトーナメント方式で、最後まで勝ち抜いた者が優勝者である。そしてその優勝者は『最強の騎士』の称号を得ることになる。
『最強の騎士』の称号を得たからといって出世が約束される訳ではないが、何よりも名誉あることだ。騎士であれば、誰もが目標としているものだった。
また優勝者とならなくても、この御前試合で名が売れれば様々な可能性が広がるのだ。近衛騎士団への取り立てや、時には有力貴族から婿にと望まれることもあるくらいだった。
しかし、御前試合の出場枠は64名。この64名に選ばれるのも至難の業であるが、この64名の中で名を残すのも非常に難しい。
64名が一騎打ちで戦っていくため、御前試合は2日間行われる。そして、スムーズな進行を行うために準決勝、決勝以外はすべて制限時間制の試合なのだ。さらに時間の短縮のため、1日目に行われる1回戦、2回戦は2試合同時進行だ。
2日目に残らない限りほぼ名を残すことは出来ない、と言われている。
しかも、御前試合と銘打ってはいるが、国王は多忙だ。実際に国王が御前試合を観覧に来るのは2日目の午後のみ。
そして2日目の午後に行われるのは、準々決勝以降。つまり、上位8名に残らなければ、国王の御前で試合することすら叶わないのだ。
「御前試合はやはり精鋭部隊である近衛騎士団からの出場者が多いが、副団長ならば準々決勝までは残れるだろうね」
「旦那様はそんなにお強いのね」
屋敷から王宮へと向かう馬車の中で、レイティーシアはアンゼリィヤから御前試合について教えて貰っていた。
「副団長の剣は的確だからね。儀礼的な剣術ばかりの近衛騎士団の連中とは、とても相性が良いのさ」
「どういうことなの?」
「御前試合は勝敗の判定が明確で、剣を手放すか、鎧の胸元に着けた紋章を傷つけられた者が敗者となる。紋章は紙製の脆いものだから、少し剣が掠るだけで傷が付いてしまうんだ。もちろん、下手に動いて自分の腕等が当たって紋章が傷ついても負けだ」
「まぁ……。それは厳しいのではないの?」
「厳しいけど、一応我が国の精鋭64名だからね。その程度は物ともしないさ。だが副団長は実戦で培った、緻密な剣術を使う方だ。型通りの剣術だと、あっさり紋章を傷つけられてしまう」
近衛騎士団はほとんど実戦がないから型通りの剣術が多い、と言うアンゼリィヤは苦笑を浮かべている。
アンゼリィヤも剣術については、勘頼りの大雑把なものなのだ。計算したように相手の隙や弱点を突くオルスロットの剣術は、非常に苦手なものだった。
そんなことを説明しているうちに、馬車は王宮へと到着していた。
混雑している馬車留めに停まった馬車から、アンゼリィヤがするりと降り立ち、レイティーシアへと手を差し伸べる。
「さぁシア、どうぞ」
「……ありがとう、リィヤ姉様」
今日のアンゼリィヤは休日のため私服だ。しかしドレス等着る訳はなく、身に纏うのはシャツとズボン。しかも御前試合は王宮で行われるため、ある程度しっかりした服装である必要があった。
おかげで、アンゼリィヤの格好は貴公子然としたものになっていた。
レイティーシアはくすくすと笑いを零しながら、アンゼリィヤの手を取り馬車から下りる。
ちなみにレイティーシアの服装は、貴族女性の外出用ドレス姿だ。夜会やお茶会用のドレスより派手さや露出は少なく、歩きまわるのに邪魔でない程度の裾丈のドレスで、装飾品は全てレイト・イアットの作品といった状態だった。
見た目は普通だが、完全防御である。
さすがにやり過ぎでは、というレイティーシアの意見も、クセラヴィーラやマリアへレア、さらにはオルスロットまでもが一蹴していた。さらにナタリアナの件を出されては反論も出来ず、この装いとなったのだった。
なんだか物々しくて落ち着かない気分の中、アンゼリィヤに手を引かれ馬車留めから歩くことしばし。
周囲にはいかにも騎士団の施設らしい武骨な石造りの建物が並ぶ中、美しい装飾が施された大きな建物の前に辿りつく。
「ここが闘技場、なの?」
「そうだよー。基本的にこの御前試合専用の建物だから、こーんなキラキラしたカンジなんだよね」
「っ! ソルドウィン!?」
「お前、ふらふら油を売っていて良いのか?」
突然背後から掛けられた、聞きなれた軽い声に驚いて振り返ると、ひらひらと右手を振りながら笑うソルドウィンが居た。普段着ているローブよりも刺繍などの飾りが多い、宮廷魔術師の正装姿だ。
「これからお仕事なんだよ。大事なお客サマに怪我が無いよう、しーっかり結界を張り続けるお仕事」
「まぁ……。今日のスケジュールだと、夕方まで試合があったと思うけど、一日中?」
「まぁね。維持とかは道具使うけど、微調整は人の目が必要だからね」
そう言って肩を竦めるソルドウィンの表情は、うんざり、といった感情を隠しもしていなかった。
一日中、結界の維持・調整となるとかなり神経を使うものだ。もし試合中に弾かれた剣が観客席に向かって飛ぼうものならば、それを防ぐよう瞬間的に結界を強化する必要がある。
恐らくこれほど大きな建物で結界を張る、となると複数人の魔術師が協力して作業をするだろうが、それでも気を抜いて良い訳ではない。
うんざりするソルドウィンに、レイティーシアは苦笑を返す。
「それは大変ね。お仕事、頑張って」
「そのくらい、文句を言わずにやって来い。仕事だろう」
「姉さんは良いよねー。姫さんとデートなんて」
「ふん、羨ましいのであれば、騎士になれば良かろう」
「うっげ、ジョーダン。さてと、じゃ、そろそろ行くねー。姫さん、楽しんで~」
心底嫌そうな表情で顔を顰めたソルドウィンは、やる気なさげな調子で闘技場の中へ入っていく。
「ソルドウィン、大丈夫かしら?」
「問題なかろう。この場の責任者は父上だから、さすがに手は抜けまい」
「ガルフェルド伯父様もいらっしゃるのね。久しぶりにお会いできるかしら」
「さぁ、どうだろうな。あの人はいつも忙しいからな」
伯父であるガルフェルドは、このテルべカナン王国の宮廷魔術師長であり、ジルニス家の当主でもある。そして魔術の研究を好み、仕事の傍ら常に何かしらの実験を行っている様な人だ。
行事等がなければ、己の執務室兼研究室である部屋から出てこないこともざらなのだ。
レイティーシアが結婚して王都へ来てから半年が経過しているが、未だ一度も会っていなかった。それでも、特別な要件が無ければレイティーシアと会うことよりも部屋へ帰ることを優先するだろう。
「まぁ、父上には会えない方が平和だということだ。それよりも、そろそろ中へ入ろう。開始時間が近い」
「ええ、そうね。急ぎましょう」
そして二人は、用意された席へと急ぐのだった。




