対策と
「だぁー! クッソ長ぇよ!」
長時間の会議が終わり、執務室に戻った途端に着込んでいた上着を脱ぎ捨て、バルザックは叫んでいた。
「ネチネチネチネチ、人に文句言うヒマあったらさっさと会議進めりゃいいのによぉ」
「しかし、団長が長く不在にしていたのは事実ですから。御前試合直前ですから、文句を言われてもいた仕方ないかと」
「……オルス、お前も怒ってるのか?」
「いえ、まさか。団長が砦へ向かうことに関しては、俺も同意したことですから。伝令を小まめにして頂ければ、もう少し他の団長方にも根回しは出来たかと思いますけど」
務めて無表情で言葉を返すと、バルザックは金褐色の髪をガシガシと掻き回し、顔を顰めた。
「あー、次からは、気を付ける」
「……毎回、その言葉を聞きますけどね。次はその言葉が守られることを、期待せずに待っておきます」
「期待しねぇのかよっ!」
小さくため息を吐きながら肩を竦めると、バルザックが不服そうな顔で吠える。とはいえ彼自身も自信はないのか、深くは追求せずに本題へと話を進める。
「しかし、やっぱり御前試合は予定通り実施、か……」
「御前試合は、年に一度の催しですからね。いくら、ベールモントが不審な動きをしていても、現時点ではあくまでも予兆レベル。ここで御前試合の中止をするのは、不用意に国民の不安を煽るだけですからね」
御前試合自体は王城の敷地内、騎士団の設備の一つ、闘技場で行われる。しかし、招待券や高額ではあるが一般に販売されている入場券を持っていれば、観戦が可能なのだ。
招待券が配られるのは騎士団関係者や高位貴族であり、入場券も高額ということで購入するのは富裕層くらいだ。直接御前試合に関わりがあるのは、ほんの一握り。しかし、その一握りとはいえ、普段入ることの出来ない王城の中に入ることの出来る特別な日だ。
おまけに、御前試合の優勝者のパレードがあったりするため、王都全体がお祭りムードになる期間だ。
それが直前で中止となれば、誰だって不安に思うだろう。
「つってもよー。国境の守りを強化しつつ、御前試合もってなると、第二騎士団の負担がでけぇよ」
「ええ……。幸いなことは、御前試合自体の警備等は我々の管轄外であることですが。御前試合関連の業務がゼロにはなりませんからね……」
特に、団長は御前試合の際には常に立ち会いを行わなければならないのだ。各騎士団での不正がない様、古くからある決まりだ。
「それにオルスは参加者だしなー」
「……はい。各地の主力を呼び戻すわけにもいかないからとの判断でしたが、裏目に出ました」
「そうだが、だからと言ってさっさと負けるなよ? 副団長があっさり負けたら示しがつかねぇからな」
「分かってます」
深いため息を吐きながら頷くと、バルザックは満足げにニヤリと笑った。
「ここはぜひ、オルスには優勝してもらわねぇとな。奥方にもイイトコ見せなきゃだろ?」
「…………いえ。レイティーシアは体調を崩してますから、呼ぶ予定はありません」
「はぁ⁉︎ お前、まじで言ってんのか?」
ナタリアナの件からある程度日は経っているが、まだ療養中と言っても、そこまで重病を疑われる程の期間ではない。バルザックから齎された、ジルニス家の鍛治師の件もあるのだ。今は、あまり外に出さない方が良いだろう。
そう考えての判断だったが、バルザックには信じられない、といった顔で聞き返された。
「オルス、騎士ってもんは、戦ってる時こそカッコ良く見えるもんだぞ? せっかくそれを見せる機会があるのに、もったいねぇ。奥方の体調もそこまで悪くないって聞いてるぞ?」
「体調はそこまで悪くはないですが……」
「来年も同じ機会があるとは限らないぞ?」
「…………。分かりました、本人にどうするか、確認します」
レイティーシアがレイト・イアットであることをバルザックに伏せているため、どうしても上手く切り抜けることが難しい。小さく息を吐き、そうバルザックに告げた。
レイティーシアも、説明をしっかりすれば、恐らく納得してくれるだろう。
オルスロットは、レイティーシアに御前試合には来ないよう説得するつもりだった。しかし、それをどことなく察していたのだろう。
バルザックはニヤリと口角を上げ、先手を打つのだった。
「うちで確保してる観覧席の中で一番いい席の招待券、まだ残してるから使え。もしも奥方の体調が気になるなら、アンゼを付き添いに使ってもいいぜ? あいつは魔法騎士でどうせ試合には出られなくてヒマしてるんだ。その位の役目をやらせとかねぇと爆発しかねねぇしな」
「そう、ですね…………」
不満を滾らせたアンゼリィヤを思い、オルスロットの顔はひきつる。
レイティーシアを御前試合に呼ぶのも危険を考えると不安だが、アンゼリィヤに特別任務を与えておかないのも不安だ。
増えていく問題に、オルスロットは頭を抱えるのだった。




