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嘘つきはだれ?  作者: 金原 紅
本編
56/100

不穏な知らせ

「今頃になってやっと伝令ですか……」


 オルスロットは封書を受け取り、思わずそんな言葉を零す。

 御前試合まであと一週間という頃合いであり、胃と頭が痛くて仕方なくなっていた。


 そんな状況で伝令など、嬉しくもない。そう思いながら封を切ろうとした時だった。


「よう、帰ったぜ」

「…………何故、伝令とほぼ同時に帰ってくるのですか、団長?」


 やや乱暴に執務室の扉を開けたのは、この執務室のもう一人の主。そしてオルスロットの手の中の伝令の送り主でもある、バルザックだった。

 薄汚れた旅装のまま、自身の執務机へ凭れるバルザックは、流石に少々草臥(くたび)れた様子だ。しかし、そんな様子だろうと労わる気が起こらず、怒りを込めて問い掛けるが、にへらと笑われる。


「なんでだろーな? 伝令が遅いんじゃね?」

「そんな訳ないでしょう……。それに、伝令は小まめに送ってください、と以前にも言ったのですが?」

「あー、悪い悪い。向こうで色々あったからな」


 一切悪びれた様子もなく、伸び気味の金褐色の髪を掻き毟りながらの返答に、オルスロットは大きくため息を吐く。

 本当に、この男はスタンドプレーが過ぎるのだ。


 第二騎士団のトップであるのだから、その場の判断で片付けて来るのは問題無い。臨機応変に対応が出来るのも、バルザックが出張るメリットだ。

 しかしそれ以外の事柄や、その後のフォローは居残っているオルスロットなどに丸投げなのだ。だから、毎回小まめに伝令を送って連携を取れるようにしてください、とお願いをしているのだが一切改善される見込みが無い。

 今回はアンゼリィヤが同行していたからもしかしたら、と期待していたのだが、結果はこの通り。本人と同時に伝令が着く有様だった。


 もう一度深いため息を吐いてから、話題を変える。


「アンゼリィヤ・ジルニスはどうしたのですか?」

「ああ、アンゼは休ませた。強行軍で無理させたからな」

「そうですか、分かりました。それで、団長がわざわざ直接こちらにいらしたということは、何かありましたか? ご覧の通り、まだ頂いた伝令は読めておりませんが」


 ひらり、と封の切られていない封書をバルザックに見せながら皮肉を込めて言うが、鼻で笑い飛ばされる。


「それは大したこと書いてねぇから読まなくて構わねぇよ」

「伝令に大したことを書いていないって……」

「ま、いいじゃねぇか。それより、だ」

「はい」


 バルザックが纏う空気を変えて机から起き上がる。オルスロットも頭を切り替えてバルザックを見遣ると、真剣な光を宿した金褐色の瞳とぶつかる。


「ハートフィルト子爵家は白だ。だが、砦にネズミが二匹潜り込んで色々食い散らかしてやがった」

「国境の砦に、ですか?」

「ああ。昔っから居る雑用係の爺さんと、数年前に向こうで雇った事務官だ。多分、こいつらがハートフィルト家の報告とか一部をすり替えてた」

「多分?」


 何とも曖昧な物言いにバルザックを見ると、苦々しい顔をしていた。


「追及する前に死なれた」

「二人とも、ですか?」

「ああ。尻尾捕まえた途端、あっさりだ。炙り出しはやったから、砦はとりあえず他には居ねぇだろうが……」

「情報が殆ど取れなかったのは痛いですね。北の国境ということと、この所の動きから見て、ベールモントの手の者でしょうが」


 大きくため息を吐き、こめかみを揉む。

 ネズミを潜り込ませるくらいならば、いつでもどこの国でもやっていることだ。しかし、そのネズミが暗躍しているとなると見過ごす事は出来ない。


 しかも北の隣国、ベールモント国は現在和平を結んでいるのだ。それなのに、本格的にきな臭い動きを始めている。


「取り急ぎ、上に報告しなくてはですね」

「ああ。格好整えたら、直ぐ将軍とこ行ってくるわ」


 執務室に置いている予備の騎士服へと着替えながら、バルザックは嘆く。


「あーくっそ。ネズミを飼ってた上に殺しちまうなんて、大目玉確実じゃねぇか。黙って動いただけでもやべぇのに……」

「事後報告になった点は、ネズミ駆除関係でなんとか言い訳は立ちますが……。腹を括るしか無いしでしょう。それよりも団長、そのピアスは外した方が良いかと」

「あー……ダメか?」


 金褐色の髪の間から覗く左耳には、見慣れない紅い石が付いたピアスが揺れている。バルザックの長めの髪でそこまで目立つものでは無いが、怒られる要素の多い場だ。なるべく大人しい格好にしておくに越したことは無い。


「将軍だけであれば何も仰らないかと思いますが。恐らく内容が内容だけに、他の騎士団の団長たちも招集されましょう」

「あー、第一とかうるせぇもんな。ちっ、仕方ない」


 渋々ピアスも外し、普段であれば崩し気味に着ている騎士服もしっかりと身に付ける。


「あぁ、そうだ。オルス、北の砦のネズミとの関係性はまだ分からねぇが、国境付近の森の中で、死体が見つかった」

「死体、ですか?」

「あぁ。行方不明になってた、ジルニス家の鍛治師の爺さんだ。アンゼに確認させたから間違いない。傷の様子から見て、どうも自害のようだが……」

「行方不明になって、国境付近で自害、ですか?」


 あまりにも不審な出来事に、オルスロットの眉間に深い皺が寄る。


「かなり負傷していて、詳細は分からねぇんだが、手足に拘束されていた様な跡もあった。見つかった位置的にも、この件もベールモントの仕業じゃねぇかと思うが、どうだ?」

「ベールモントの仕業ならば死体も見つからないよう処理されそうに思いますが……。死体は砦の近くで見つかったのですか?」

「あぁ。砦の騎士の見回り範囲内だ」


 オルスロットは深くため息を吐き、より眉間の皺を深くする。


「…………恐らく、攫われて逃げ出した所を殺されたのでしょう。見回りのタイミングが近かったから、そのまま死体は捨て置かれたのかと。アンゼリィヤが居なければジルニス家の鍛治師とも分からなかったでしょうし、ただの自殺者と片付けられると思ったのでしょう」

「やっぱりそんなとこか。ちっ、もう少し早かったら助けられたかもしれねぇのに……」

「……あくまでも、推測でしかありません」


 オルスロットの言葉に、バルザックはせっかく整えた髪を掻き毟りながら、舌打ちをする。


「そうだがな! …………はぁ、とりあえずこの件も含めて報告して来る。この後会議になるだろうから、北の現状とかまとめとけ」

「承知しました」


 苦々しい表情で執務室を出て行くバルザックを見送り、オルスロットは深いため息を吐く。


「何事も起こらなければ、良いのですが……」

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