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嘘つきはだれ?  作者: 金原 紅
本編
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願い2

「さて、次はオルスロット様からの贈り物デスヨ」


 そう言ってランファンヴァイェンが机の上に置いたのは、大きな鳥籠のようなものだった。

 細かな装飾が施された黒い金属で骨組みが作られ、骨組みの間には白い曇りガラスの様なものが嵌め込まれている。ガラスは光まで遮るものではないが、中身は一切見えない。


「一体こちらは何ですか?」

「これは、ワタシの国の魔道具の一種デス」

「ランファンヴァイェンさんの国のっ……!」


 驚きに瞳を見開き、まじまじとその鳥籠を観察する。

 外側から見た限りでは、魔術的な刻印など一切見つからない。恐らくガラスで隠された内側に色々仕掛けが施されているのだろうが、一体どんな魔道具なのだろうか。


 首を傾げながらランファンヴァイェンを見ると、にっこりと笑ってその鳥籠を指す。


「言葉で説明するヨリ、実際に見た方が良いデショウ。マリアヘレナさんは居ますカ?」

「マリアですか? ええ、屋敷には居ります。今、呼びますね」


 ランファンヴァイェンの意図は分からないが、従った方が良いのだろう。今日は別の場所で侍女としての仕事をしているマリアヘレナを呼ぶようお願いをし、待つことしばし。

 急ぎながらも礼を失しない様子で応接室に入ったマリアヘレナも、不思議そうにランファンヴァイェンに挨拶をする。


「お久しぶりです、ランファンヴァイェン様。わたしをお呼びとのことですが、何でしょうか」

「お久しぶりデスネ。貴女をお呼びシタのは、この魔道具に魔力を流して欲しいのデス」


 そう言ってランファンヴァイェンが指差すのは鳥籠の形をした魔道具だ。


 オルスロットと結婚してこの屋敷に来てから出番は全くなかったが、マリアヘレナは豊富な魔力を持っているのだ。その魔力で、レイティーシアの魔道具製作をサポートしていた。

 そしてランファンヴァイェンはチェンザーバイアット家、レイティーシアとは昔から付き合いがある。だからこそ、レイティーシア付きの侍女であるマリアヘレナが、豊富な魔力を持っていることを知っているのだ。


 しかし、わざわざマリアヘレナを呼ぶ程の魔力が必要な魔道具、とはただ事ではない。大型の魔道具だとしても、普通であれば一般的な魔力量を持つレイティーシアで事足りるはずだ。

 警戒の色を強くランファンヴァイェンを見ると、小さく肩を竦めて笑われる。


「コノ魔道具は、最初の充填にトテモ大量の魔力が必要なのデス。ある程度魔力がある状態ならバ、少量の補充で足りるのですけどネ。おかげで、ナカナカ売れなかっタのデス」

「そう、なんですか。でも、そんな大量の魔力充填が必要な魔道具だなんて、一体……?」

「ハハハ。安心して下サイ。コレは危険な魔道具ジャないですヨ。さて、この位で大丈夫デショウ」


 そう言ってマリアヘレナの手を魔道具から放させ、ぐるりと応接室を見回す。


「少し、この部屋を暗く出来マスカ?」

「ええ、可能ですが、必要なのでしょうか?」


 怪訝な表情で問い返すクセラヴィーラに、ランファンヴァイェンはにっこりと笑う。


「コレは暗くないと、本当の力を発揮出来ないのデス。奥様に、完璧なモノをお見せしたいのデ、どうかお願いシマス」

「……分かりました」


 一つため息を吐くと、クセラヴィーラはマリアヘレナにも指示を出し、応接室の窓にかかるカーテンを閉めて回る。寝室にかかるカーテン程遮光性のあるものではないが、ある程度部屋は薄暗くなった。

 ランファンヴァイェンは満足そうに頷くと、まるで何かの興業を行うかの様に、演技がかった仕草で立ち上がる。


「サテ、準備は整いマシタ。それでは、この美シキ魔道具の力をご覧くだサイ」


 その言葉と共に、ランファンヴァイェンが鳥籠の上部を撫でる。


 初めはただ、ぼんやりと鳥籠の内側が光っただけであった。しかしその光は、赤や青、黄色などに色を変えながら、次第に強くなっていく。

 そしてある程度光が強くなった時だった。


 ふわり、と白いガラスからその光が球となって離れていくのだ。

 赤や青、黄色、白といった様々な色の光球が次々と鳥籠から舞い上がり、ふわりふわりと部屋を漂い出す。まるで蝶が舞い遊ぶかのように、自由に動き回り、そして小さな光の粒を残して消えていく。


 何か特別な効果がある訳ではない。

 しかし言葉を失ってしまうほど、幻想的で、美しいの光景だ。


 静かにその光景を見守っていると、光球が一斉にふわりと舞い上がり、パチンと弾けた。そして光の粒が雨の様に降り注ぎ、驚きに目をつぶっているうちに、全て消えてしまった。


「如何でしたカ?」

「……とても、美しいものですね」

「ハイ。コレは、ただ美しい光景を見せる、そんな魔道具なのデス」


 呆然とした様子で鳥籠の魔道具を見るレイティーシアに、ランファンヴァイェンはにっこりと笑いかける。


「魔道具は、娯楽にも使われてイマス。コレは、娯楽性を追求した一品デス。きっと、この国にも、次第に増えていくデショウ」

「ええ……。そうですね。そう、なると、いいですね」


 そっと息を吐き、ランファンヴァイェンの言葉に頷いたレイティーシアは、何か考え込むように瞳を閉じるのだった。


   § § § § §

 

 夜も更け、かなり遅い時間に帰宅したオルスロットは、クセラヴィーラから告げられた言葉に驚く。


「レイティーシアが、ですか?」

「はい。奥様は何やらずっと考え込んでいるようでして、夕食も殆ど取られませんでした。マリアヘレナに聞いたところ、こんなことは今まで一度もなかったそうなのです」

「分かりました。様子を見に行きます」


 今日は、ランファンヴァイェンに手配した魔道具が届いた日だという。そしてその魔道具を見てから、様子がおかしくなったらしい。


 ランファンヴァイェンが手配した魔道具がどんなものなのか、オルスロット自身は知らなかった。ただ、レイティーシアの気晴らしになる様な、珍しいものを用意してほしい、とお願いしたのだ。

 一緒にその魔道具を見たというクセラヴィーラやマリアヘレナは、素晴らしいものだったという。だからこそ、なぜレイティーシアが塞ぎ込んでいるのかが分からないのだ。


 レイティーシアの部屋に赴くと、心配そうな表情のマリアヘレナに迎え入れられる。そしてそのまま通された寝室では、レイティーシアが光の球に囲まれていた。


「これは一体……?」

「旦那様がレイティーシア様に贈った魔道具です」


 そう説明するマリアヘレナが指差す先には、ベッドサイドの小卓に置かれた鳥籠の様なものがあった。


「ずっと、あの魔道具を見てため息を吐いているんです。何を聞いても、レイティーシア様は何でもない、しか言ってくれなくて……」

「分かりました。俺が様子を見ますから、マリアヘレナはもう休みなさい」

「でも……」

「大丈夫です。すぐにレイティーシアも休ませます」

「…………分かりました。よろしく、お願いいたします」


 泣きそうな顔のままマリアヘレナは頭を下げ、部屋から出ていく。

 そしてそれを見送ったオルスロットは、そっとレイティーシアに近付き、声を掛ける。


「美しいものですね」

「……ええ。こんなものが、魔道具で作れるなんて、思ってもいませんでした……」


 そう呟くレイティーシアは、何故か悲しげだった。

 なぜ、この魔道具を見て悲しんでいるのか。オルスロットの眉間には深い皺が刻まれた。


「一体どうしたのです。皆、心配してますよ」

「……ごめんなさい。旦那様も、お疲れの所お手数をお掛けしてしまって、申し訳ありません。すぐ、私も休みますから。旦那様もお早くお休み下さい」


 目を伏せたまま告げられる言葉に、更にオルスロットの眉間の皺が深くなる。


「レイティーシア。何を考えているのです?」

「いえ、何でも……」

「ないことはないでしょう。ずっと考え込んでいるようだ、とクセラヴィーラもマリアヘレナも言っています」

「それは……」


 言い淀んで俯くレイティーシアに、オルスロットは跪いて顔を覗き込む。


「それとも、俺が贈った魔道具が気に入らなかったのですか?」

「っ! そんなこと、ありません!!」

「ではなぜ、そんなにも悲しそうなのですか。何が、気に入らないのですか」

「気に入らない訳ではないのですっ! ただ……。ただ、悔しかったのです……」


 そう呟くレイティーシアは、オルスロットから顔を反らして目を伏せる。

 その様子にオルスロットは困惑しながらも、更に問い掛ける。


「……どういうことですか?」

「私は今まで、誰かを守れる魔道具を作りたい、と思っていました」

「ええ、そうですね。素晴らしいことだと思います」


 レイティーシアが作る防御や治癒といった魔道具は、身を守ることにとても役立つ代物だ。誇るべきことであり、悔しがるような事はないはずだ。

 そう思ってレイティーシアを見つめると、やっと紫色の瞳と視線が合う。何やら悩みの色の濃いその瞳は、今にも涙を零しそうだった。


「今日、あの魔道具を見て、初めて気が付いたんです。守ることしか考えていなかったと。……私は、争いがあることを前提に、魔道具を作っていたのです」

「それは……」


 それは仕方ない。比較的今は平和であるが、このテルべカナン王国は北の隣国、ベールモント王国との争いが絶えることがない国なのだ。『ハールトの花』など人気の歌劇ですら、戦争が物語の根幹を成している。

 しかしそういった言葉をレイティーシアに掛けるのは憚られた。


 それは、レイティーシアが望むものではないだろう。

 そしてオルスロットは、国を守る騎士団に属する者として、レイティーシアに告げるのだった。


「この国を、身を守る魔道具も必要のない国にします。レイティーシア、貴女が争いを気に掛ける必要のない、そんな国にします。だから、どうか悲しまないでください」

「旦那様……」


 驚いたように見開いた紫の瞳から、ポロリと一筋の涙が零れていた。

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