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嘘つきはだれ?  作者: 金原 紅
本編
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夜が明けて3

 話が終わると、オルフェレウスとイゼラクォレルは慌ただしく帰って行く。昼間でも、お茶会やら狩猟やらと社交シーズンは絶えず催し物があるのだ。

 そして二人が帰ってからさほど間を空けずに、オルスロットも仕事に出るという。見送りのために玄関ホールへと向かうと、既に騎士服を身に纏ったオルスロットがクセラヴィーラと話しているところだった。


「旦那様」

「レイティーシア、慌ただしくて申し訳ない。貴女は、ゆっくり休んでいてください」

「はい、ありがとうございます。旦那様こそ、ご無理はなさらないでください」


 レイティーシアが見上げた先にある整った顔は、いつも通りの隙のない表情だが、疲れが隠し切れていない。

 手を伸ばしてオルスロットの頬に触れ、小さく回復魔法の呪文を唱える。無理はしてほしくないが、元々忙しい騎士団副団長という任に就く人だ。せめてもの助けになれば、という思いで術を掛ける。


 術を掛け終わってもう一度オルスロットの顔を見上げると、驚いたように蒼い瞳を見開いていた。


「回復魔法です。私はあまり使い慣れていないので効き目はないかもしれませんが、疲労回復効果もあるんです」

「ああ、そう、なんですね。……ありがとうございます」


 掛けた魔法について説明をすると、少し固まっていたオルスロットが小さく息を吐く。急に魔法を掛けて、驚かせてしまったのだろうか。

 そんなことを考えていると、オルスロットの頬に当てたままだった右手を取られた。


「そういえば、レイティーシア。これを返すのを忘れていました」

「え?」


 オルスロットの大きな掌に覆われた右手の中に、銀色の鎖がそっと落とされる。

 細い銀の鎖に小さな紫色の石の飾りがついたそれは、社交シーズンの始まりにオルスロットから贈られたブレスレットだ。いつも腕に着けていたそれがいつの間にかなくなっていることには、身支度を整えている時に気がついたのだ。

 探す時間もなく、もし昨日の夜会会場でなくしたのならばもう戻ってこないかもしれない、と思っていたのだ。


 驚きと喜びの混ざった表情でオルスロットを見上げると、柔らかな笑みを返される。


「このブレスレットのおかげで、間に合うことが出来ました。本当はもっと貴女の身を守れるものを贈りたいのですが……。今はこれを持っていてください」

「はい……?」

「それでは、行って参ります。きっと帰りは遅くなると思いますから、先に休んでいてください」


 ブレスレットのおかげで間に合った、という言葉に首を傾げているうちに、オルスロットは身をひるがえしていた。あっという間に玄関先へと行ってしまうその広い背中に、慌てて声を掛ける。


「あっ……。行ってらっしゃいませ!」

「はい」


 少しだけ振り返って返事をするオルスロットに、レイティーシアも小さく微笑みを返すのだった。


   § § § § §


「アンタって思ったより薄情なんだな」


 そんな言葉を掛けられたハロイドは、声の主が騎士団所有の建物が集中するこの場に相応しくない人物であることに、露骨に嫌そうな顔をする。


「何が言いたいんだ、ソルドウィン・ジルニス」

「いや、意外だなぁって思ってね」


 建物に背中をもたせてニヤニヤと笑うソルドウィンは、どうやらハロイドを待ち構えていたのであろう。そうでなければ、魔術師である彼がこんな場所に居る理由がない。


「アンタんとこのお姫様が窮地に立たされたら、あっさりと見放すからさ。騎士様らしくないなって」

「……随分と暇人なんだな。そんなことをわざわざ聞くために?」

「別の用事のついでだけどさ。気になるじゃん」


 軽い調子で返され、ハロイドはますます不快な気分になる。しかし、恐らくこの男はそう簡単に諦めないだろう。

 そう思うと、大きなため息が出る。


「ナタリアナは歳はずっと下だが、家格は遥かに上の人間だ。私に拒否権なんてある訳がない。今まで彼女に付き合っていた理由は、それだけだ」

「へーそう。今まで義理で付き合ってたってワケか」

「ああ。お前のところだって似たようなものだろう?」


 この男、ソルドウィンがオルスロットの妻、レイティーシアを姫と呼んでいることは知っていた。

 ジルニス家は魔術一族だが平民だ。一方、本家であるチェンザーバイアット家は伯爵家。子爵家と公爵家、というハロイドとナタリアナの関係以上に家格の差がある。


 それを指摘すると、一瞬で周囲の空気が変わっていた。暗く冷たい空気に包まれたハロイドは、背中を冷たいものが伝っていくのを感じていた。

 しかしそんなことに感知しない空気の発生源は、意味深な笑いを浮かべ、たった一言を返すのだった。


「さぁね」

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