夜が明けて1
レイティーシアが目を覚ますと、そこにはいつもの見慣れた天井が広がっていた。カーテンの隙間からは明るい光が差し込んでおり、かなり寝過している気がする。
未だ覚醒しきらない頭でそう考え、慌てて起き上がる。
いくら夜会の翌日だからと寝坊なんて……。
そこまで考えて、やっと昨夜の事を思い出す。ナタリアナに連れられて行った部屋での、出来ごと。
ふるり、と無意識に体が震えた時、そっと静かな声が掛けられた。
「レイティーシア」
「旦那様……?」
声を掛けられるまで全く気付かなかったが、ベッドの近くに置かれた椅子にオルスロットが腰掛けていた。
服は着替えているようだが、目が少し赤く、寝ていないように見えた。眉間のしわも、いつにも増して深い。
「あの、」
「体に不調はありませんか? ソルドウィンが診ていたから恐らく問題は無いと思いますが……」
「えっと、はい。大丈夫です」
緊張感が宿る蒼い瞳を向けられ、混乱の収まらないまま自身の体調を確認する。痛む場所もなく、魔力の循環にも特に問題はない。
はっきりとそう答えると、ほんの少しだけ安堵を滲ませた顔で頷き、オルスロットは椅子から立ち上がる。
「ならば、良かったです。マリアヘレナを呼んできますから、もう少し休んでいてください」
「あの、旦那様!」
そのまま部屋を出て行こうとするオルスロットに、慌てて呼びとめる。しかし、何を言いたいのか整理の出来ていない状態だったため、言葉が続かない。
あの、やらその、といった意味のない言葉ばかり紡いでいると、扉の側で立ち止まっていたオルスロットがふっと笑う。
ほんの僅かに口元を緩めただけの笑顔だったが、先ほどまでオルスロットが纏っていた固い空気も一緒に緩まっていた。レイティーシアはほっと息を吐き、とにかくまずは伝えたかった言葉を口にする。
「旦那様。助けて頂き、ありがとうございます」
「……いえ。今回、俺はほとんど役に立っていません。ソルドウィンが居なければ、恐らく間に合わなかった。だから、俺に礼を言う必要はありません」
「それでも! 助けて頂いたことは事実です。あの時来て頂けて、旦那様の声が聞こえて、とても安心したのです。だから、ありがとうございます」
より眉間のしわを深くして俯くオルスロットに、レイティーシアは言い募る。
あの、絶望に包まれた瞬間に聞こえたオルスロットの声が、どれほど救いだったのか。それを伝えたくて、真っ直ぐに彼を見つめる。
しばらく無言で見つめていると、オルスロットがふぅ、と息を吐いて顔を上げる。その表情は、どこか苦笑しているようだった。
「敵いませんね。俺の方が、貴女に救われている」
「……?」
オルスロットが何を言いたいのか分からず首を傾げていると、ベッドの側へ戻って来た彼に右手を取られる。そしてベッド脇で跪いた彼は、真っ直ぐにレイティーシアの紫の瞳を見据え、告げるのだった。
「レイティーシア。二度と、このような目には遭わせません。オルスロット・ランドルフォードの名に誓って、貴女を守ります」
「っ……!」
強い意思の光が宿る蒼い瞳に射抜かれ、呆然としているうちにオルスロットは部屋から出て行っていた。
一人残された寝室で、レイティーシアは真っ赤になっているであろう頬を両手で押さえる。
「マリアが来る前に、戻るかしら……」
ぐちゃぐちゃな心の内を誤魔化すように呟いた声は、かなり情けないものだった。




