奥方の真実2
馬を可能な限り急がせて王宮から屋敷へ帰ってみれば、ちらほらと屋敷の周辺に人が集っていた。その人々の話をまとめると、小さめの爆発音がした後、しばらく屋敷から煙が上がっていたらしい。
オルスロットの屋敷はそこそこ広い敷地を持っているが、貴族街にある邸宅のように敷地外から建物が見えないほど広大な庭を持っているわけではない。そのため、屋敷から煙が立ち上っているのはばっちり通行人などから目撃されてしまっている。
幸い、レイティーシアに与えた部屋は外から窺える位置になかったため、詳細にどの部屋からということまでは広まっていない。奥方の部屋が爆発など、色々外聞が悪すぎるため何としても伏せておきたい。後ほどバルザックなどにも口外しないよう念を押さなくてはいけない。
面倒なアレソレに頭を悩ませながら屋敷に入り、玄関で待ち受けていた執事に着いて行くと、レイティーシアの居室まで案内された。
レイティーシアに与えた部屋は、居間と寝室の二間続きの部屋だ。その居間へと入ると、寝室へと続く扉の前で言い争いをしているのが目に入る。
煤けた服のまま、扉の前に立ち塞がるレイティーシアと唯一チェンザーバイアット家から連れてきた侍女のマリアヘレナ。その二人に相対するのは、箒を手にしたレイティーシア付き侍女頭のクセラヴィーラ。
どうやら、部屋の片づけをさせろと主張するクセラヴィーラに対して、危ないなど理由をつけて部屋に入れたくないレイティーシアたちという構図のようだ。
確か、以前クセラヴィーラからの報告で、寝室にはマリアヘレナ以外入れないとあった。その時はあまり気にせず好きにさせろと指示をしたが、こんな時でもそれを変えないのは少々不審だ。例え秘密裏に男を囲っていようが、変なコレクションを持っていようが、犯罪さえ犯していなければ問題ないが、このまま放置していては延々三者の睨み合いは終わらないだろう。
ため息を吐きながら、オルスロットが来たことにも気付いていない三人へ声を掛ける。
「何をしているんです、お前たちは」
「っ! 旦那様」
「レイティーシア、とりあえず怪我の手当てくらいしなさい。頬が切れています」
「あら……」
長い鈍色の前髪と大きなレンズの眼鏡であまり顔は良く見えないが、頬に一筋赤い線が走っていた。顔に傷を作るなど、貴族の女としてあり得ない事態だ。
しかしレイティーシアは慌ても騒ぎもせず、マリアヘレナから手鏡を受け取って傷の確認をしている。変わった女性だ。
「クセラヴィーラ、薬を」
「はい、旦那様」
「あ、クセラヴィーラさん、薬は要りません」
「しかし……」
薬を取りに部屋を出て行こうとしたクセラヴィーラをレイティーシアが引き留めた。
確かに大きな傷ではないが、顔の傷を放置するつもりなのか。怪訝な顔でレイティーシアを見ていると、傷に手を当て何か小さく呟いている。そして小さな光が指先に灯り、傷を撫でるとすっかりきれいな頬に戻っていた。
「治癒魔法……?」
「はい」
「何故?」
「なぜ、とはどういうことでしょうか……?」
困惑顔で問い返すレイティーシアにため息を吐く。
「チェンザーバイアット家は魔術師の一族ではなかったと記憶しています。そして貴女も魔術師に師事していたという記録もなかったはずです。それなのに、なぜ治癒魔術を使えるのですか」
「ああ、そういうことですか」
事細かに疑問を述べてやれば、にっこりと笑った気配がする。眼鏡と前髪のおかげで、レイティーシアの表情は分かりにくい。
「我がチェンザーバイアット家は魔術師一族、ジルニス家の本家筋、ということはご存じでしょうか」
「ええ。しかし、チェンザーバイアット家は貴族としての血筋を優先し、魔術師としての力は失ったと聞いています」
「そうなんですけど、やっぱり大本を辿れば一つの血筋ですから。時々は魔術の才を持った人間が生まれてくるんですよ。それに、私の母は現ジルニス家当主の妹なので、血が濃いのでしょうね。といっても、私以外の兄弟は魔術の才は現れませんでしたが」
「……そうですか。しかし、今まで隠していたのは何故ですか?」
「隠していたつもりはないのですが……」
屁理屈でも捏ねるつもりだろうか。眉間にしわを寄せてレイティーシアを見据えると、彼女はピクリと身を震わせた。
隣に立つマリアヘレナがレイティーシアを突き、もう全部話しましょうよ、と囁いている。まだ何か隠していることがあるのか……。
はぁ、と大きくため息をついて前髪をかき上げる。
「魔術については、分かりました。それより、爆発したと報告を受けました。その件について話して下さい。俺も時間がある訳ではないので」
「あ……そうですよね。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いいですから。それで、一体何事ですか。事故とは聞きましたが、何故部屋で爆発など起こすのです」
「……見て頂いた方が早いと思うので、どうぞお入りください」
そう言って、先ほどまで頑なに閉ざしていた寝室の扉を開く。
「何かあっては大変ですので、破片などには触れないようにお願いします」
レイティーシアがそんな注意を口にしながら招き入れた部屋は、爆発の影響であちこちが薄汚れていた。おまけに、何やら金属片や細かな色石の破片なども転がっており、なかなかに酷い。
窓も一部割れているし、飛び散った金属片が傷つけたのか、寝具もぼろぼろになっていた。とても今夜この部屋で眠れる状態ではない。
「……クセラヴィーラ、とりあえず新しい部屋の準備をお願いします」
「畏まりました」
部屋のあまりの惨状に言葉を失っていたクセラヴィーラだったが、指示を与えるとすぐに一礼して出ていく。
それで、とレイティーシアへ視線を戻すと、一つのペンダントを差し出される。
「こういったものを作っていたのです」
「これは……?」
不思議な紋様が彫りこまれた紫色の石が中央に嵌め込んである、細かな金細工のペンダントトップが付いている。美しいが、貴婦人が使うには少々飾り気がない。
「これは、魔道具です」
「これが……?」
渡されたペンダントを更にじっくり見る。魔術師ではないオルスロットでは、見ただけでは本当に魔道具なのかは判別がつかない。
しかし何気なく裏返してみたそこに彫りこまれた紋様に、思わず声を上げてしまった。
「レイト・イアット……!?」