お姫さまの願い4
オルスロットは東の棟へと走っていた。周りの人の、何事かといった視線も気にする余裕はない。
東の棟は客室の集まる場所である。そしてこの屋敷が王都の郊外にあるということもあり、夜会の際には希望者へ客室が貸し出されているのだ。
そんな場所へレイティーシアが連れて行かれたというのだ。嫌な予感がして仕方がなかった。
夜会の会場となっている広間から繋がる廊下を駆け抜け、東の棟へ渡る。東の棟に入った途端に廊下には沢山の扉が並んでおり、どこが使用されているか分からない。
片っ端から扉を開けて行くにも部屋数が多すぎ、現実的ではない。しかし、幼馴染でもある屋敷の主は、夜会の主催者でもある。そう簡単に捕まえることも出来ないだろう。
幸い、まだ早い時間だ。客室に籠っている人間は少ないはずだから、多少強引に部屋に押し入ることになってもまだ許されるだろう。
少し立ち止まってそう考えているときだった。
「オルスロット! 一体何事なんだっ!?」
「ハロイドですか……。ちょっとしたトラブルです」
いつの間にか追いかけて来ていたらしいハロイドに声を掛けられ、眉間にしわが寄る。あまり多くの人に話を広めたくはないし、何より説明する時間も惜しかった。
言葉少なにハロイドとの会話を打ち切り、再度走り出す。
「あ、おい! オルスロット!!」
「説明する時間も惜しいです。着いてくるのなら、勝手にしろ」
「っち」
不満げな空気ながらもハロイドは着いてくることにしたらしい。後ろから着いてくる足音を聞きながら、更に速度を上げる。この辺りの部屋には人の気配は無かった。
そして階段に差しかかった時、上から駆け降りてくる足音と共に声を掛けられる。
「おい! 姫さんは下の階だ」
「……ソルドウィン!? 何故、分かるのです」
何故か階段を下って来るソルドウィンの言葉に疑問を抱きながらも、オルスロットも階段を下り出す。そして僅かに遅れながらも合流したソルドウィンは、オルスロットを鼻で笑いつつ疑問に答える。
「探索魔法くらい使える。ただ、大まかな場所しか分からないから、どの部屋に居るかまでは分かんないけどね」
「構いません。ある程度まで絞れれば、後は片っ端から扉を開けるまでです」
「へ~、意外。アンタがそんなムチャクチャなこと言うなんて、ね」
「緊急事態です。多少の無茶は許されます」
一切息を乱すこともないオルスロットとハロイド、苦しげに顔を歪めているソルドウィン。流石に魔術師であるソルドウィンには、オルスロット達と同じ速度で走り続けるのは辛いのだろう。少しずつ遅れながらも、ナビゲートを続けていた。
そして東の棟に渡った階から2つ下の階のやや奥まった辺りでソルドウィンは止まる。
「この辺、だね」
「そうですか」
「……」
今居る場所の周囲にある扉は、廊下の左右を合わせて6部屋分。そして運の悪いことに、人の気配がする部屋が3部屋もある。
思わず舌打ちをしながら、どこから入るべきか、と視線を巡らせたときだった。ある部屋の前に落ちているソレに気付く。
ソレ――以前オルスロットがレイティーシアへと贈ったブレスレットを見つけた瞬間、その部屋の扉へ向かう。そして鍵がかかっていることが分かると、一切躊躇うことなく鍵を破壊した。
「レイティーシア!!!!」
かなり乱暴に扉を押し開け、室内を見回す。
薄暗い部屋の中には、人影が3つ。扉のすぐ側で立ち尽くす女と、床に組み伏せられたレイティーシア、そして彼女に覆いかぶさる男。
それを見てとった瞬間、男をレイティーシアから引き剥がし、殴り飛ばしていた。そして一発で男が動かなくなったことを確認すると、すぐさまレイティーシアへと駆け寄る。
「レイティーシア! 大丈夫ですか!?」
「……っ!」
口に詰められていた布を取り出してやり声を掛けるが、レイティーシアは瞳からはらはらと涙を零すばかりだった。恐怖に言葉も出せないのか、とも思うが、どうも身体の強張り方が不自然だ。
「レイティーシア?」
「ちょっと退いて。姫さん、少し触るよ?」
ソルドウィンに押しのけられ、場所を譲る。そしてレイティーシアの様子を確認してから何やら呪文を唱え出すのを見て、眉間にしわが寄る。一体、何をされたというのか。
心配は残るのだが、ずっと見ていても仕方がない。とりあえず殴り飛ばした男をベッドのシーツを使って縛りあげてから、扉の方を確認する。
オルスロットが開け放っていた扉も、いつの間にか閉められていた。そしてその扉の前では、もう一人居た女がハロイドへ縋り付いているようだった。
「ナタリアナ。一体何があったのです……?」
「ハロイド……。あ、の……。あの、男が突然……」
「嘘だね」
女――ナタリアナが涙ながらにハロイドへ説明をしていると、ソルドウィンが冷たい声で遮る。
レイティーシアの処置は終わったようで、そっとベッドへと彼女を寝かせていた。先ほどの不自然な身体の強張りも無くなり、ゆっくりだが規則正しく胸が上下している。
レイティーシアの様子にほっと息を吐いているうちに、ソルドウィンはナタリアナの側へと移動していた。そして、ついと胸元へと指を突き付ける。
「アンタさ、そのブローチ。魔道具だよね?」
「っ!?」
「どういうことです、ソルドウィン?」
パッと胸元を押さえるナタリアナに、眉間のしわが深くなる。
「アンタ、魔術師を甘く見すぎない方が良いよ? まだあんまり時間が経ってないおかげかな、魔力の残滓が良く視えるよ」
「それが、どうしたというのですの……?」
「姫さんは、麻痺の術が掛けられてた。そしてアンタの持つ魔道具は力を放ったばかり。つまり、アンタがソレを姫さんに使ったんだろ? アッチの男が襲ってきたって言うんなら、姫さんに麻痺の術が掛ってんのはオカシイよね?」
「そんなこと…………」
「それにさ、どーせ、姫さんが目を覚ましたら全部分かることだろ? 今言い逃れしても、ムダ」
「…………」
馬鹿にしたように嗤うソルドウィンに対し、ナタリアナはカタカタと震えながらハロイドへと縋り付いた。そしてハロイドも、ナタリアナを守るように肩を抱く。
しかしハロイドが口にした言葉は、ナタリアナを絶望へと突き放すものであった。
「何て愚かなことをしたのです、ナタリアナ……」




