お姫さまの願い3
レイティーシアは倒れ伏した床で、何とか身動きが取れないかともがくが、指先一つ動かすことが出来なかった。
ナタリアナの言葉と、何かが腕に当てられていた感触から、恐らく魔道具を使われたのだろう。こういった身の自由を奪う等、人を傷つける様な魔道具は基本的に正規ルートでは出回っていない。国が許可しないのだ。
しかし、裏ルートではいくらでも出回ってはいる。
まさか年若い貴族令嬢であるナタリアナが所持しており、夜会で使われるなど思ってもみなかったため、油断していたことは否めない。
自作の魔道具を何一つ身に着けていなかった無防備さを、今更後悔する。
「ふふ、無駄ですわレイティーシア様。そう簡単に、効果が切れる様な物ではないのですよ?」
少し離れた場所に立ってレイティーシアを見下ろしていたナタリアナは、それは楽しそうに告げた。そしてわざわざしゃがみこんで、レイティーシアを覗き込むようにして笑いかける。
その笑みは、今までレイティーシアが見た可愛らしい物とは全く違う、毒々しいものだった。
「ふふふ。貴女なんて、そうやって這いつくばっているのが相応しいのだわ。オルスロット様の隣なんて、相応しくない。あの方の隣は、わたくしの場所。あの方は、わたくしの運命。貴女なんかが望まれるだなんて、間違ってるのよ」
まるで呪いのように呟くその声は、一切の温度を失っている。
今まで幾度となく疑問に感じていた、ナタリアナのオルスロットへの異常な執着。
それを全面に押し出したナタリアナに、身動きが取れないという状況以上に、恐怖を感じるのだった。
しばらくぶつぶつと呟き続けていたナタリアナは、突然にっこりと艶やかな笑みを浮かべ、立ち上がる。そして静かに佇んでいた男に声を掛けるのだった。
「それでは、わたくしは広間へ戻りますわ。オルスロット様とお話をしているから、その間によろしくお願いしますね?」
「……分かりました」
ほんの僅かな躊躇いを含みつつも、男はナタリアナへ了解を返す。そしてレイティーシアの側へ寄り、覆いかぶさって来るのだった。
「どうか、静かにしていてください」
「……っ!」
そう言いながら、男はレイティーシアの口に布の塊を突っ込み、ドレスの中へと手を潜らせる。
身体を這う手が、とても気持ち悪かった。
「どうぞ、楽しんでくださいね、レイティーシア様」
男が望み通りの行動を開始したことを確認したナタリアナは、喜色を多分に含んだ声で言葉を投げ掛け、軽い足取りで扉へ向かっていく。
ナタリアナが出て行き、これから本格化するであろう行為に、じわりと涙が浮かぶ。
恐怖と屈辱。そして、絶望に心が折れそうになった時だった。
「レイティーシア!!!!」
ナタリアナが開けるよりも前に、外から乱暴に扉が押し開かれる。
そしてそれと同時に掛けられた声に、瞳から涙が零れ落ちたのを感じた。




