お姫さまの願い1
社交シーズンであるのだから、王家主催のもの以外にも様々な夜会が催されている。連日連夜、どこかしらで夜会が開かれている状態だ。
オルスロットとレイティーシアにも数多くの招待状は届いている。
しかし、オルスロットは第二騎士団の副団長。そうやすやすと休みは取れないし、そもそも爵位を持っているわけでは無いので、そこまで積極的に参加する必要も無い。
おかげで、最低限出席した方が良いと思われる夜会にだけ、参加していた。
そしてその夜、レイティーシア達が参加していたのは、とある侯爵家主催の夜会だった。侯爵家が所有する、広大な庭園を持つ別邸での花見を宴、といった名目だ。
「とても綺麗ですね」
「ええ。なんだか幻想的な光景ですね」
そうオルスロットとレイティーシアが笑い合いながら広間から見下ろす庭は、随所に設置された魔法の光によって、咲き誇る花々が点々と浮いている様に見えるのだ。この演出のために、あえて新月の夜を選んで毎年開催しているらしい。
「庭に降りて近くで見ても良いらしいですよ」
「まぁ、そうなんですか!」
「はい。しかし、庭はかなり暗くなっているそうですので、決して一人では行かないでください。後で共に参りましょう」
「そうですね。足元がよく見えないのは危ないですものね。分かりました」
「いや、そういうことでは無いのですが……」
歯切れ悪く呟くオルスロットを見上げると、軽く眉間に皺を寄せていた。しかし、問い掛けると首を横に振られてしまう。
「どうしたのですか?」
「いえ、なんでもありません」
一人にする予定はありませんし、と小さく呟くオルスロットは、説明をする気は一切なさそうだった。首を小さく傾げながらも、これ以上は食い下がっても無駄と悟ったレイティーシアは、話題を変える。
「今日の夜会の主催されている侯爵家とは、ランドルフォード家は付き合いが長いのでしたよね?」
「ええ。領地が隣ということもありまして、昔から交易など、様々な交流があるのです。現在の侯爵は俺と年齢が近いこともあって、幼い頃から一緒に遊んだりもしました」
「まぁ、幼馴染みたいな方なのですね。では、早くご挨拶に伺わないとですね」
「そうですね。さっさと挨拶を終わらせて」
「オルスロット」
「ハロイド……?」
メイン会場である広間を見渡していたオルスロットに声をかけて来たのは、ハロイドだった。夜会に似つかわしくない厳しい表情で近づいて来るその男に、オルスロットの顔付きも引き締まったものになる。
「一体どうしたのです」
「少々、時間を頂いても? ここで話すには憚られる内容なのだが」
「わざわざここで言う、ということは急ぎなのですか?」
「ああ。私もつい先ほど耳にした情報だが、急ぎ知らせておいた方がいいかと思ってな」
ハロイドの様子に少しだけ考え込んだ様子のオルスロットは、ちらりとレイティーシアを見た後、頷く。
「……分かりました。レイティーシア、すみません。少しだけ待っていて下さい」
「ええ、ここでお待ちしています。どうぞ、心配なさらないでください」
「ありがとうございます。すぐ、戻ります」
急ぎ足で別室へと消えていくオルスロットとハロイドを見送り、レイティーシアは広間の端へと寄る。
こういった大きなパーティで一人になることは初めてだった。なんとも身の置き場がない。
無意識のうちに、手首に着けたブレスレットを触っていた。
先日、オルスロットが贈ってくれた、紫色の石が飾られたブレスレットだ。華奢でシンプルなデザインのそれは、比較的どんなドレスにも合うため、毎日の様に身につけていた。そして早くも、レイティーシアが不安になったときに、眼鏡の代わりに思わず触ってしまうものとなっていた。
そうやってしばらくぼぅっと庭園を眺めている時だった。
「レイティーシア様」
「まぁ、ナタリアナ様。お久しぶりです」
そう声を掛けてきたのは、可愛らしい薄黄色のドレスに身を包んだナタリアナだった。にっこりと微笑みながら近づいて来る彼女は、珍しく一人きりの様だ。
「この庭園は本当に綺麗ですね」
「そうですわね。レイティーシア様は、近くでご覧になりました?」
「いえ、まだですね」
「まぁ! もったいないですわ。是非見に行かないと!」
やや強引に手を引くナタリアナを、レイティーシアはやんわりと止める。
「ナタリアナ様、庭園には後程旦那様と行く予定なのです。だから、勝手に先に行けませんわ」
「まぁ……」
レイティーシアが断った途端、ナタリアナの表情がすっと抜け落ちる。しかし一瞬後にはまた可愛らしい笑みを浮かべ、再度レイティーシアの手を引く。
「それなら、お屋敷から庭園を見る、とっておきの場所があるんです。是非そちらで見ませんか?」
「でも……」
「レイティーシア様、お願いしますわ。その、実は、少し相談に乗って頂きたくて…………」
渋るレイティーシアに対して、ナタリアナが上目遣いでじっと見つめてくる。罪悪感を感じさせるその視線に、レイティーシアも折れてしまう。
「分かりました。ただ、旦那様を待って居るので、あまり長い時間は離れられないのですが、いいでしょうか?」
「はい、時間は取らせませんわ」
パッ、と大輪の花が咲いた様な笑顔を浮かべるナタリアナに、思わず苦笑してしまう。
「それでは、行きましょう!」
「はい」
§ § § § §
そして連れて行かれたのは、屋敷の客間の様だ。静かな薄暗いその部屋は、確かに明かりの多い広間よりも、より庭園の花が浮かび上がるように見える場所だった。
「綺麗……」
「ええ、そうでしょう? レイティーシア様」
「はい。素敵な場所を教えて下さいまして、ありがとうございます」
「いいえ、大したことないですわ」
そう言ってにっこりと笑ったナタリアナは、何故かレイティーシアに抱きつく。そして腕に何やらブローチの様なものを押し当てられる。
「ナタリアナ様?」
「ーー我は汝を束縛する」
「なっ!?」
小さいけれどもはっきりしたナタリアナの言葉の後、パリッという微かな音と共に身体の自由が奪われる。
「ふふ、こんなに簡単に出来るだなんて。どんな気分かしら?」
「……っ!?」
口も自由にならず、声を上げることもままならない。そんな様子を見て満面の笑みを浮かべたナタリアナは、乱暴にレイティーシアを突き飛ばす。
「さて、後はお願いしますわ。約束の通り、やってしまってね?」
「……お任せを」
そんな声に必死で視線を上げると、そこには、ナタリアナと見知らぬ男が立っているのだった。




