嫁姑のお茶会
「さて、レイティーシアさん」
オルスロットとオルフェレウスが出て行って出来た沈黙を、イゼラクォレルが破る。
実の息子であるオルスロットですら怖れるイゼラクォレルと二人きりで話、などという状況に気が遠くなりかけていたレイティーシアは、ビクリと体を震わせた。
「なんでしょうか、お義母様」
「オルスロットに何を言われたか知らないけれど、そこまで怖がらないで欲しいわ。……まぁ、よく有ることですけれど」
「申し訳ありません……」
身を縮めて謝ると、小さくため息を吐かれる。
決して本人に対しては言えないが、イゼラクォレルは美しく結い上げた黒髪やピンと伸ばされた背筋、そして何よりも、悠然とした立ち居振る舞いにより、なんとも言えない威圧感を放っているのだ。そして口を開けば正しくはあるが、厳しい言葉の数々。
それで怖れずにいられる人間の方が少ないだろう。
レイティーシアの態度に関しては諦めたらしいイゼラクォレルは、手にしていたティーカップをテーブルに置き、口を開く。
「まずは、結婚に関してオルスロットが強引に進めたようで、申し訳ないわ。王都での生活なんて望んでいないでしょう貴女をあの子の都合に巻き込んでごめんなさい」
「そんな……! 私も貴族の娘ですから、この結婚が強引だった、などといったことは気にしておりません。それに、旦那様にはとても良くして頂いておりますし、私がご迷惑をおかけしてばかりで申し訳ありません……」
「そう……」
慌てて言い募るレイティーシアに、イゼラクォレルは柔らかい笑みを浮かべる。
その笑みは、貴婦人、というよりも母親らしいものだった。
「そうレイティーシアさんが言うなら、どうやらオルスロットが貴女を気遣っているのは、わたくし達の前だけではないようね。安心したわ。あの子のことだから、損得だけで貴女と接しているのではないかと心配していたのだけれど、杞憂だったようね」
そう言って笑うイゼラクォレルに、レイティーシアは少々苦い笑を零す。
最初の頃はまさに損得での関係だった。オルスロットに影響のある事柄がなければ、会うことすら稀だったのだから。
そう考えると、近頃は随分と関係が変わって来た気がする。
今更ながらにそんなことに気がついたレイティーシアは、内心で盛大に驚いていた。
そんなレイティーシアの様子に首を傾げながらも、そういえば、とイゼラクォレルは話題を変える。
「近頃、国内で何名かの職人が行方不明になっていること、貴女はご存知かしら?」
「え……?」
ガラリと変わった話題に、レイティーシアは目を丸くする。しかし、イゼラクォレルの真剣な面持ちで話を続ける。
「ただ単に長期間工房を空けているだけかもしれないけれど、その道で有名な人間が何人も居なくなっているそうよ」
「……なぜ、その様なことをご存知なのですか?」
戸惑いがちに尋ねるレイティーシアに、イゼラクォレルは意味深な笑みを浮かべる。
「これが、わたくしの戦い方なの」
「……?」
「女にとって必要なのは社交界での情報だけと思われがちだけれど、広く様々な情報を持つことは大切よ。それに、男って変に隠したがるから、ちゃんと自分で情報を集めなくちゃダメよ」
「えっと……?」
「今回の話は、貴女にも深く関係すると思うの。でも、オルスロットは貴女に話していないのでしょう?」
「……はい」
戸惑いながらも頷くレイティーシアに、イゼラクォレルは深くため息を吐く。いかにも呆れた、といった表情だ。
「本当に、なんで隠すのかしら。何も知らせず、守り切るつもりなのかしら?」
「どういうこと、でしょうか?」
「貴女は、広く知られていないとはいえ、レイト・イアット。魔道具職人の最高峰とも言える人財よ」
「はい……」
イゼラクォレルに扇で指し示され、ピンと背筋が伸びる。
「そして最近行方不明の職人たち。分野は様々だけれど、皆、一流と言われる人ばかりよ。行方不明の原因が何かは分かっていないわ。でも、もしこれが何者かによって引き起こされているものだとしたら?」
「……!」
「レイト・イアットが狙われない、とは限らないわ」
イゼラクォレルの言葉に、レイティーシアも深く頷く。そして最近、オルスロットから外出を控える様に言われたことを思い出す。それから、屋敷の守りも増やされていたことも。
てっきり、社交シーズンの到来により王都に人が多くなるための対処だと思っていた。しかし、確かにそれにしては過剰とは思っていたのだ。
イゼラクォレルの情報で、今一つ釈然としなかったことにも納得がいく。
「貴女がレイト・イアットとは広く知られていなくても、結びつけることは不可能ではないわ。……十分に、気を付けなさい」
「はい。ご忠告、ありがとうございます。私も気を付ける様にします」
「そう、よかったわ。情報を知っていれば、意識することが出来るんですもの。情報すら隠して守り切ろう、だなんて男の傲慢だわ」
少し拗ねた様に言うイゼラクォレルに、レイティーシアは苦笑を返すしかなかった。




