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嘘つきはだれ?  作者: 金原 紅
本編
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氷の貴婦人3

 悠然と笑うイゼラクォレルに、オルスロットは反論をする。


「母上! レイティーシアは目が悪くて眼鏡を掛けているのです。それを外せなど、酷すぎます」

「あら、何のための治療術ですか」

「しかし、視力回復の治療術は一般的な術とは違い、一部の術師しか扱えません。そう簡単には……」

「もう手配しているわ。そのくらい、段取りをせずにわたくしが言うと思っておりますの?」


 手にした扇で口元を隠しながら笑うイゼラクォレルに、レイティーシアとオルスロットは絶句する。

 視力回復の治療術を施せる術師など、そう沢山居ない。眼鏡も決して安価ではないが、質にこだわらなければ庶民でも手が出せるものだ。そんな眼鏡で矯正できるものを、わざわざ高い費用の掛る治療術師を手配してまで治そうとするのは貴族くらいだからだ。

 そしてそんなニッチな術までマスターしている治療術師は、余程才能の有り余った者か、ただの変わり者かだ。


 色々厳しく、完璧を求めるイゼラクォレルがただの変わり者を手配するとは思えないから、腕のいい治療術師を捕まえているはずだ。ランドルフォード家で抱えている治療術師の中では視力回復の術を使える者は居なかったはずだから、新たに見つけ出して手配したことになる。

 恐るべき情報網と、行動力だ。


 しかし愕然としていても、どうしようもない。イゼラクォレルを説得するのも難しいが、このまま押し切られるのも非常に困る。

 そう考えたレイティーシアは、震える手で眼鏡を弄りながらなんとか反論を試みる。


「しかし、お義母様。その、眼鏡が無いのは……」

「不安だとでも?」

「え、……と、はい」


 意を決して頷いたレイティーシアに、イゼラクォレルは嫣然と笑う。


「貴女にも色々と事情があるのでしょうね。でもね」


 一度言葉を区切り、パシリ、と扇を畳んだ。そして蒼い瞳で鋭くレイティーシアを見据える。 


「社交界とは、貴族の戦場です。貴族の女にとって、美しく着飾ることが戦装束となるのです。だからこそ、努力すればどうとでもできる部分で、他人に付け入る隙、揚げ足を取られる部分を作るなど許しません」

「……」

「しかし母上! 無理強いをすることは、良い結果を生みません」

「あら、だから貴方が居るのでしょう?」


 オルスロットの反論にイゼラクォレルは目を見開き驚いていたようだが、一瞬後には余裕の笑顔を浮かべていた。


「夫として、妻を支えるのは当たり前でしょう? 騎士として民を守ると同じように、レイティーシアさんを守り、支えなさい」

「……はい。もちろんです」


 ぐっと一度息を飲んだオルスロットは、イゼラクォレルを見据えて言い切る。そしてどこか不安そうな空気を拭い切れないレイティーシアを安心させるように、背中を軽く叩いてやる。

 社交界はオルスロットも逃げ続けていたためあまり慣れてはいないが、母の無理強いなのだ。自分がレイティーシアを守り支えるのは当然だ。

 そう覚悟を決めて両親へ視線をやると、二人とも満足そうな笑顔を浮かべていた。


「ならよかったわ。治療術師は明後日来るよう手配をしています。いいわね」

「はい。ありがとうございます……」

「ご配慮、ありがとうございます」


 多分にして余計なお世話ではあるが、早々手配できない人材を確保してくれたのだから、感謝しない訳にはいかない。

 レイティーシアと二人で謝辞を述べる。


「さて、それじゃあレイティーシアさんと二人でお話がしたいの。いいかしら?」

「え……?」

「母上!」


 蒼い瞳を幾分和らげていたイゼラクォレルは息子夫婦の反応に、少し気分を害した様で、軽くオルスロットを睨む。


「レイティーシアさんを苛めたりしないわ。ただ、女同士で話したいことがあるだけよ。ね、いいかしら。あなた?」

「……そうだな。私もオルスロットと二人で話したいしな」


 今まで黙ってイゼラクォレルたちのやり取りを見守っていたオルフェレウスも同意し、オルスロットへ移動を促してくる。レイティーシアとイゼラクォレルを二人きりにするのも心配だったが、笑顔ながらも威厳と威圧感を込めてくるオルフェレウスに折れるしかなかった。

 レイティーシアの背をもう一度さすり、オルスロットは父を連れて部屋を出るのだった。


   § § § § §


 場所を移し、オルスロットの書斎のソファーセットへオルフェレウスを案内する。そして使用人からお茶を受け取り、オルスロットも腰を落ち着けたところで、オルフェレウスが口を開く。


「お前が結婚したい、と言ってきた時は本当に驚いた。そして懸念した通り、偽りのものだったようで、失望したよ」

「……申し訳、ございません」


 静かなその言葉に、鋭い叱責を受ける以上の責めを感じる。

 オルスロットは、ただ静かに頭を下げた。


 レイティーシアも了承の上であるが、オルスロット自身も褒められたことではないとは自覚していた。だからこそ、レイティーシアの両親は元より、自身の両親にそのことを責められたら申し開きをするつもりもなかった。


 オルスロットのそんな様子に、オルフェレウスは深く息を吐く。


「自覚はあるようで、安心した。……お前は次男だし、ランドルフォード侯爵家の家督の心配は当面問題はないだろう。それに、今日のお前の様子を見て、安心をしたよ」

「安心、ですか?」

「ああ、そうだ。レイティーシアとは、仲良くやっているようだ」

「仲良く……?」

「おや、自覚はないのか? まぁ、お前は人付き合いが下手だからな……。ゆっくり、お前たちのペースで進みなさい」

「……はい」


 今一つ理解し切れていない様子ながらも頷くオルスロットに、オルフェレウスは柔らかく笑う。そして何気ない様子のまま、要望を告げるのだった。


「なるべく早く、孫の顔は見せて欲しいがな」

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