氷の貴婦人2
「さて、レイティーシア。オルスロットと結婚してくれてありがとう。挨拶が随分と遅くなったが、私はオルフェレウス・ランドルフォード。それから、妻のイゼラクォレル・ランドルフォードだ。どうぞ、よろしく」
そうオルフェレウスが挨拶をするのは、居間へと場所を移し、一息をついたところでだった。
ゆったりとソファーに腰掛けて鷹揚に笑うオルフェレウスと、ピシリと背筋を伸ばして姿勢良く紅茶を飲むイゼラクォレル。そんな二人に気圧され気味なレイティーシアはワタワタと慌てて眼鏡の位置を直しながら、姿勢を正す。
彼女の緊張があまりにも酷く感じ、そっと背中に触れてさするようにしてやれば、一瞬の硬直の後ゆっくりと体の力が抜けて行く。そして一度大きく息を吸ってから、オルフェレウスとイゼラクォレルへ真っ直ぐ視線を向けた。
オルスロットも両親へと視線を向けると、何故だかオルフェレウスの口角が上がっている気がした。普段その様な表情を見せることの少ない人だから少し疑問に思ったが、今は問いただす場面でもない。
黙ってオルスロットが見守る中、レイティーシアが口を開く。
「私こそ、ご挨拶が遅くなりまして申し訳ございません。レイティーシアと申します。不束者ですが、どうぞよろしくお願い致します」
「父上、母上。結婚を認めて頂き、ありがとうございました」
オルスロットも続いて礼を述べると、今まで静かに紅茶を飲んでいたイゼラクォレルがそっとティーカップを置いて口を開く。
「今までずっと、結婚する気配の無かったオルスロットがやっと結婚したのです。とても喜ばしいことだわ。それも、レイト・イアットのお嬢さんとだなんて、実に素晴らしいわ」
「え……!?」
オルスロットとよく似た蒼い切れ長の瞳を細めて笑うイゼラクォレルは、底知れない恐ろしさを纏っていた。
その空気と突然の発言に戸惑うレイティーシアを他所に、イゼラクォレルは話を続ける。
「それに、チェンザーバイアット家並びにジルニス家との繋がりが出来たのもとても喜ばしいわ。良き選択です。あぁ、貴女がレイト・イアットだということは世間的に広まっている訳ではないから、安心しなさいな。ただ、我が家のことは、正確に把握するのがわたくしの勤めですから」
驚きに固まっているレイティーシアに途中でフォローを入れられるが、今一つ安心しきれない。昔から自分の母親ながら、イゼラクォレルの情報網がどうなっているのか分からず、ただひたすら恐ろしかった。
そんな息子夫婦の様子に構うことはせず、イゼラクォレルの話は続く。
「しかし、貴方達は色々と不手際が多いわ。挽回しているようだけれど、社交シーズンが始まるにあたって、これ以上のミスは許しません。だから……」
そこで一度言葉を切ったイゼラクォレルは、真っ直ぐレイティーシアを見据える。
「レイティーシアさん。その眼鏡を掛けたまま屋敷から出ることは、今後一切禁じます」
「え、そんな……!?」
「母上! いくらなんでも横暴が過ぎます!」
レイティーシアとオルスロットと反論に、しかしイゼラクォレルは一切動じることなく、冷たい笑顔を向けるのみだった。




