奥方の真実1
第二騎士団副団長の仕事は、異常に書類仕事が多い。同じ副団長の第一騎士団副団長と比べても格段に多いだろう。
なぜならば、王宮および王都の警護が主な任務である第一騎士団に比べ、その他都市および国境警備が主任務の第二騎士団は規模が大きく、所属人数も部隊数も多いのだ。管理者である団長および副団長の事務処理は増える。
各種費用の精算書類に演習の計画書および申請書に報告書。さらに各部隊や町などからの報告書やら陳情書やら。決裁しなければならない書類は数えだすとキリがない。
それに加えて、新年が明けてからは春の異動に向けての書類作成を行わなくてはならない。
第二騎士団の中でも、定期的に任地の異動がある。長期同じ任地に居ては士気の低下や、現地権力者との癒着といった腐敗のもとになるためだ。
それ以外に、第一騎士団への異動や近衛騎士団への異動もある。特に、近衛騎士団へは毎年必ず一定数の推薦を出さなければ騎士団としての面子に係わる。近衛騎士団は精鋭部隊のため、そこに推薦できる人員がいないとなると、すなわちロクな人員がいないと判断されてしまうのだ。
おまけに今年は隣国の動きがきな臭いこともあり、本腰を入れて部隊の組み直しが必要になった。その最大の課題は、いかに魔法騎士や魔術師を有効活用するか、である。
このテルベカナン国で魔法を使える人間というのは、なぜか必ず、マイペースな規律無視人間か、頭のネジが数本吹っ飛んだ狂人なのだ。その原因は、おそらく魔術師一族であるジルニス家の気風のせいだが、それは仕方ない。うまく使うしかないのだ。
もともとクソ忙しい時期であるのに、こんな無理難題な課題が立ち塞がってくれたおかげで、オルスロットの執務机の上の書類は一向に減る気配がない。せっかく仕事の妨げになるお見合い攻勢への対策として結婚をしたのに、例年以上に手古摺っていた。
黒髪をイライラと掻き毟り、大きくため息を吐く。
「おいおい、オルス。新婚なのに辛気臭い顔してどーしたよ? 嫁さんに会いたくてホームシックか?」
「……団長。そう思うのならば、代わりにこの書類、片づけてくださるんですか」
「いや、無理だろ。用兵関連はお前の方が得意だし。そもそも俺、書類嫌いだし」
そう言って豪快に笑うのは、第二騎士団団長のバルザック・ツェルニーク。がっしりした体格とワイルドな顔つきの、所謂脳筋野郎だった。オルスロットが処理する書類の量が異常な程に大変なことになっているのは、間違いなくこの人物が原因である。
オルスロットが凍てつくような視線を向けても一切動じないバルザックは、ニヤリと笑う。
「そういやお前さん、奥方を大切に仕舞い込んでるらしいな? 結婚披露パーティーもやらないでよぉ。今度紹介しろよ」
「……まだ王都にも慣れていないので、不調法があってはいけないと遠慮させているだけです」
「どうだかな」
ニヤニヤ笑うバルザックに、オルスロットは顔を顰める。
「それより団長、いい加減近衛への推薦書は終わらせてください。もうすぐ期限ですよ」
「あ~……。今年は二人じゃダメか?」
「良い訳がないでしょう。規定の五人出さなくては、来年の予算を減らされますよ」
「くっそ、どうせほとんどうちからは取らねぇんだから、無駄なことさせんなっつの」
「文句言わないでやってください。あと、その備品申請書書き直してください」
「ん? どれよ?」
「レイト・イアット製魔道具の申請書です。そんな高価なもの、許可が下りる訳ないです。欲しければ、自費で買ってください」
「買えるわけねーだろ!」
「団長の給料ならば買えますよ、女性関係で浪費しなければ」
「浪費じゃねぇよ!」
部下たちからは、ひっそりと夫婦漫才と呼ばれているやりとりをしていた時だった。執務室の扉が強く叩かれた。
書類作成の手は一切止めずに、オルスロットちらりと扉を一瞥する。
「入りなさい」
「失礼致します」
許可をすると、少し息を切らせた見習い騎士が入室した。
「何事です」
「あの……」
ちらり、バルザックとオルスロットの間で視線を彷徨わせた見習い騎士は、最終的にオルスロットを困惑顔で見る。どうも良い予感がしない。
執務室から出て話を聞こうと立ち上がりかけるが、それよりも先にバルザックがニヤリと笑って見習い騎士を促す。
「どうした。ほれ、報告しろ」
「はっ。先ほど、副団長のお屋敷より知らせが参りました。奥方様の部屋が、爆発したとのことです」
「は……?」
「爆発ってどーしたんだよ」
「詳細は不明です。しかし、襲撃ではなく、奥方様が起こした事故、らしいです」
「事故で爆発起こすって、オルスの奥方は何やってんだ?」
「……」
爆笑するバルザックと、眉間にしわを寄せるオルスロット。対照的な反応を示していたが、二人は鋭い眼差しで軽く視線を交わす。
「とりあえず、確認して来い」
「……了解しました。すまないが、馬の準備を頼む」
「はい。では、失礼致します」
礼をして出ていく見習い騎士を見送ったオルスロットは軽くため息を吐き、軽く自分の執務机の上を片付け始める。
「なかなか面白い奥方のようだな?」
「……とりあえず、その書類は早く片付けてくださいよ」
椅子にもたれてニヤニヤ笑っているバルザックに釘を刺し、オルスロットは自分の屋敷へ急ぐのだった。