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嘘つきはだれ?  作者: 金原 紅
本編
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氷の貴婦人1

 御前試合まで一カ月を切ったにもかかわらず、バルザック達からの連絡は何一つなかった。オルスロットが独自に行っている調査でも今一つ成果が上がっておらず、頭痛の種は増える一方だった。


「一体、団長たちは何をしているのでしょうか……」


 一人きりの執務室に重々しいため息が響き渡る。

 一時期日課になっていたハロイドとアンゼリィヤの衝突による演習場の破壊もなくなり、平和ではあるのだが、長期に渡っての団長の不在はやはり仕事が滞る。しかも、御前試合が近づくにつれ、上層部や他の騎士団からバルザックの不在を訝しむ声も多くなっていた。

 そして更にもう一つ、オルスロットを悩ませる重大事が目前に迫っていたのだ。


 処理をした書類を抱えてオルスロットが向かったのは、第二騎士団付きの事務官の部屋だ。

 決裁などを行うのは団長、副団長の仕事だが、その他細かな事務仕事を担う事務官が各騎士団に配属されているのだ。


「シュヴェンター殿」

「副団長殿。わざわざお持ち頂かなくても、呼んで頂ければ取りに伺いますのに」

「いえ、構いません。この位でも動いておかないと、一日中机に張り付くことになりますから」


 冗談めかして言うオルスロットに対し、気さくに笑うのはいかにも文官、といった男だ。バルザックの逃亡癖に悩まされる、戦友でもある。


「今回の団長の逃亡は長いですね。もう一月ですか……」

「そうですね……」


 バルザック不在の真相を言えないことを心苦しく思いながら、さらにオルスロットはシュヴェンターへ謝罪をする。


「こんな時に申し訳ないのですが、私も明日は不在にします。急ぎの物は処理をしておきましたが、何かあれば、屋敷まで知らせて下さい」

「仕方ないですよ。もう間もなく社交シーズンですし、副団長は新婚ですからね。ご両親がいらっしゃるのでしたか?」

「はい。ぜひ妻に会いたいと言われまして」


 そう言うオルスロットの表情は苦り切っている。


 貴族の結婚ではありえないと言われるかもしれないが、オルスロットの両親が今まで領地に居たこともあり、レイティーシアとの顔合わせをしていなかったのだ。その初対面が明日に控えていた。

 結婚については手紙で了承も得ており、また、恐らく独自ルートで色々と調べられているだろう。だが今まで特別に大したお咎めもなかったので、問題もないと思ってはいる。

 しかしそれでも、自身の母親の事を思うと気が抜けなかった。


 無意識に、オルスロットの身体がブルリ、と震えていた。


「嫁、姑問題の心配ですか?」

「いえ、そうではないです。ただ、うちの母は少々強烈なので……」

「あぁ。ランドルフォード侯爵夫人と言えば、『氷の貴婦人』と有名でしたね……」

「…………はい」


 シュヴェンターが顔を引き攣らせて言う『氷の貴婦人』。それは、社交界では有名なオルスロットの母の異名だ。

 氷の様に美しく、そして厳しく冷たい。彼女に迂闊に近づくことは、身を滅ぼすことになる、とまで言われているのだった。

 そしてその厳しさは、身内になればより一層激しいものになる。


 久方ぶりに対面する母に何を言われるのか。それを思い、オルスロットは深い深いため息を吐くのだった。


   § § § § §


 翌朝。

 屋敷全体がピリピリとした空気に包まれる中、オルスロットはレイティーシアと共に居間で両親の来訪を待っていた。

 クセラヴィーラ達の尽力により近頃では銀色といっても差し支えない輝きを持った髪の毛を複雑に結い上げ、普段着よりも幾分豪華なドレスに身を包んだレイティーシア。彼女は不安げに、顔を覆う眼鏡を触っていた。

 先日昔の話と共に、眼鏡を外したくない理由も聞いたが、美しい紫の瞳が隠されたままであるのは少々もったいないと思っていた。しかし、どうも眼鏡がレイティーシアの精神安定剤となっているようで、無理強いはできない。


 オルスロットはしばらくそんな彼女を見守っていたが、自身も一度大きく深呼吸をして、そしてレイティーシアへ声を掛ける。


「レイティーシア。そろそろ、両親を出迎えるため玄関ホールへ行きましょう」

「はい……」


 オルスロットの屋敷は貴族街にある屋敷の様に、門から玄関まで距離がある訳ではない。来客を知らされてから移動したのでは出迎えに遅れてしまうため、事前に待っている必要があるのだ。

 そして玄関ホールで待つことしばし。外で待っていた使用人の一人が両親の来訪を告げると共に、扉を大きく開く。

 玄関ホールで待っていたオルスロットやクセラヴィーラ達使用人全員が、何を言われたわけでもないがピシリ、と姿勢を正していた。


「皆の者、久しぶりだな」

「お久しぶりでございます、父上。そして母上も、ようこそいらっしゃいました」


 代表してオルスロットがそう言って出迎えるのは、一組の男女。オルスロットの両親である、ランドルフォード侯爵夫妻だ。

 どことなく温和な空気を持つ父と、厳しい空気を纏った母。

 いつも通りではあるが久しぶりのこの空気に、オルスロットの背筋には冷や汗が伝っていた。

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