情報1
それから三日後、バルザックとアンゼリィヤは出立した。あと2月で御前試合があるというこの時期に、地方へ騎士団長が視察に出るのは普通であれば少々不審だ。
しかし幸いというか何というか、普段からバルザックは書類仕事に嫌気が差すと王都から逃亡することがしばしばあった。今回もそれと捉えてもらえるだろう。
それでも余り時間は無い。短時間で、バルザック達は成果を上げられるかどうか。そのため王都に残ったオルスロットも、別の手段を使って情報収集にも務めなくてはいけない。
元々、春先で比較的忙しい頃合いだ。そこにバルザックの不在と、情報収集。オルスロットの忙しさは格段に上がり、屋敷に戻ることもなかなか出来ないほどだった。
しかしそれでも、ふとした瞬間に先日のソルドウィンの言葉やレイティーシアの頑なな態度が、指先に刺さった棘のようにジクジクとオルスロットを苛んでいた。
「旦那、旦那! 聞いてますかい?」
「……すまない。北の情勢でしたか?」
「そうですよ。ハートフィルト子爵領だけでなく、どうもあちこちに怪しい輩が増えてるらいいですね。この感じじゃ、王都にも大分潜り込まれてるんじゃ無いんですかね?」
「そうですね……。詳細について、また分かったら、連絡をください」
「はいよ」
そう軽い返事をするのは、薄茶の髪と瞳を持つ、印象の薄い男。彼は、ランドルフォード侯爵家が抱える諜報員のようなもので、オルスロットの持つ別の手段だった。
ちなみに、ランドルフォード家お抱えとはいえ一般人の彼と王宮内で会うことはできない。忙しい合間を縫って、王都の一角までオルスロットは出てきていた。おかげで今日の昼食は抜きだ。
「それで、もう一つの方は?」
「ん~、あんまり収穫は無いですが、とりあえずコッチがウィンザーノット家ご令嬢の情報。んで、コッチがチェンザーバイアット家の情報ね」
そう言って男が差しだすのは2通の封筒。受け取ってすぐ上着の中に仕舞い込み、男へ金を握らせる。
「恩に着ます。この件は、特に内密に」
「わーかってますって。公爵家やら、奥さんの実家やら、やばいにおいプンプン過ぎですよ」
そう言ってニヤリと笑う男に、オルスロットの眉間のしわが深くなる。しかし男はそんなオルスロットを更に笑うだけで、恐れることもなかった。
そして今思い出した、といった風情でオルスロットの肩を叩く。
「そうそう、旦那。大奥様から伝言ですぜ」
「……母上、の?」
「はい。ん~と、家のものを使うのは構わないが、後手に回ることは許さない。以後気を付けるように、ですとよ」
「…………承知しました」
今はランドルフォード侯爵領に居る、母親からの威圧をその言葉からだけでも受け取ったオルスロットは、背筋が冷え込むのを感じていた。ここのところの、オルスロットとレイティーシアの噂など、全て知っているのだろう。
あの恐ろしい母親のこの伝言は、どうにも最後通牒の様にしか感じられない。もう間もなく到来する社交シーズンのために王都に来るであろう母親を思い、余計に冷や汗が止まらない。
「じゃ、オレは伝えたんで。またなんかあったら連絡しますわ」
「了解です」
軽い調子で手を振った男は、さっさと人ごみの中に消えて行く。元々印象の薄い男だ。しばらくその背中を見送っていたのだが、あっさりと姿を見失った。
小さく息を吐いたオルスロットは、母親からの伝言で一気に重くなった気分を引きずりながら、王宮へ戻ろうと踵を返す。
しかし、その視線の先で見つけた奇妙な組み合わせに眉間のしわが深くなる。
「ハロイドと、あれは……コルジット、でしたか?」
薄暗い路地の片隅で、金髪の目立つ男と平凡な風貌の少年が話し込んでいた。金髪の男は間違いなく、今日は休みのハロイドだ。さすがに見間違えるわけがない。
しかしそれと一緒に居る少年は、先日屋敷に訪れていたレイティーシアの伯父が懇意にしているという商人の助手のはずだが、どうも印象が違う。コルジットと会ったのはほんのわずかな時間だったためただの勘違いかもしれないが、あんなに鋭い表情をしていただろうか。
そう僅かに考え込んでいるうちに、二人は路地から消えていた。
短くて申し訳ないです。
そして、仕事が多忙でどうにも時間や気力を小説を書くところまで回せないため、しばらく更新頻度が落ちます。申し訳ありません。
最低でも週1では更新します。書きだめができたら、また隔日更新に戻したいと思います。




