犬猿の仲2
ソルドウィンの用事は大っぴらに話すことではない、ということで場所を移すことになった。とはいえ、今はまだ訓練の時間。元々別の仕事をしていたオルスロットはまだしも、バルザックなどが途中で抜けるのは周囲に変に思われかねない。
そんな事情から、とりあえずオルスロットのみがソルドウィンを連れて執務室へ戻っていた。
「とりあえず、ソファにでも座ってて下さい」
ソルドウィンに椅子を勧めながら、執務机の上に置きっぱなしだったレイト・イアットの魔道具を入れた箱を仕舞う。しかし一度置いたそれを、横からスルリと取り上げられた。
「何ですか?」
「……ホントさ。アンタ姫さんの事、道具とでも思ってんの?」
「は……?」
思いもよらない言葉に、目を見開いてソルドウィンを見下ろすと、怒りに燃えた金の瞳とぶつかった。普段は飄々とした空気を纏う男の、常には無い様子に自然と眉間にしわが寄る。
しかしソルドウィンはそんなオルスロットには構わず、魔道具を入れた箱を開いて中の魔道具を取り出す。そしてそれをしばらく眺めた後、見下すような瞳でオルスロットを見る。
「親父から話聞いた時は、ホント耳を疑ったね。認めた親父の正気もだけど」
「何がです?」
「コレ。姫さんに、材料費のみで魔道具を納めさせるなんてさ。しかも、装飾は不要、とか。ふざけてんだろ?」
手に持った魔道具を掲げ、そして心底不愉快そうな表情で言い捨てる。
「姫さんの作品は、装飾も含めてのものだし、その新しい発想は宝だ。それを国のため、なんて大義名分でこんなモン作るのに縛りつけて」
「ですが、これはレイティーシアも納得の上、協力してくれていることです」
「そう。俺も姫さんが納得の上ならば、わざわざ口出しすることもないと思ってたけど」
そこで一度言葉を切ったソルドウィンは、キュッと目を細めてオルスロットを睨みつける。
「アンタ、姫さんを守りすらしない。姫さんにあんな思いをさせるようなら、今すぐ姫さんを離せ」
「あんな思い……?」
「……ああ、アンタまだ姫さんに話して貰えてないんだ?」
ソルドウィンの言うことが理解できずに眉間にしわが寄る。しかし、そんなオルスロットを見たソルドウィンは一人で納得をした上、嘲るような笑みでオルスロットを見上げる。
酷く、その表情が不快だった。
「一体何だというのです」
「所詮、その程度の旦那様、ってこと。やっぱ、アンタに姫さん任せらんないよ」
そこで言葉を切ったソルドウィンはオルスロットの胸倉を掴んで引き寄せ、地を這うような低い声で宣告する。その金の瞳には、冷酷な光が宿っていた。
「姫さんを返せ」
「っ断る! そもそも、レイティーシアは物ではないし、貴方にそんなこと言われる謂れはない」
「そうだな。でも俺だったら、あんな噂を立てられる様なことも、下らない嫌がらせの的にもさせたりしない。お前と結婚したから、こんなことになってるんだ」
「っ……」
「はいはい、そこまでな」
ソルドウィンの言葉に何も返せなかったその時。パンパン、と手を打つ音と共にバルザックが二人の言い合いを止める。
いつの間にか、バルザックとアンゼリィヤが執務室に来ていたのだ。二人の姿を認めたオルスロットはグッと唇を噛みしめ、ソルドウィンの手を振り払う。
「お前たちね、そういう話は家でやれよ。ここ、職場」
「分かっています」
「ならいいが。さて、ソルドウィン。お前さんの用事を聞こうか」
「……分かったよ」
小さく肩をすくめたバルザックは、ソルドウィンを促した。その金褐色の瞳は有無を言わせない色を持っており、未だオルスロットを睨みつけていたソルドウィンも渋々本題に入る。
「これはもう、宮廷魔術師長には報告してるから、上層部には知れていることだけど。どうせこっちには落ちてこないだろうから、わざわざ教えに来てあげたよ」
「ソルドウィンっ!」
「おう、そりゃ助かる」
わざわざ、を強調していうソルドウィンに、アンゼリィヤが眉を吊り上げて突っかかりそうになる。しかしバルザックが腕を掴んで止め、軽く流して続きを促す。
「要件は2つ。一つ目は、北の国境の砦に最近配属になった俺のオトモダチの魔術師から、変な手紙が来たんだよね」
「変な手紙?」
「そ。なんか、この砦がおかしいって。要領を得ないカンジだったから、良く分かんないけどね」
「アンゼ、なんか心当たりあるか?」
「……いえ」
つい先日までその砦に居たアンゼリィヤは、一切心当たりがないようだ。形のいい眉を顰め、首を振る。
「で、もう一つはなんだ?」
「二つ目は、北で鍛冶師をやってた、うちの一族の職人が一人、消えた」
「ジルニスのか!?」
「北ってことは、ジャルジア老か?」
「そう、ジャルジアさん。ベールモント国に近い、ファルンデヒドって街で鍛冶師をやってたんだけど、突然消えたらしい。工房も荒らされた感じもなくて、最近入ったっていうお弟子さんと一緒に居なくなってるんだって」
「弟子と一緒にどっか、買付とかに行ってるんじゃねぇの?」
首を傾げるバルザックに、アンゼリィヤとソルドウィンは厳しい顔で否定する。
「それはあり得ないよ。あの人にとって、工房は砦だから」
「砦?」
「ええ。ジャルジア老は、非常に優秀な鍛冶師です。魔術を付与した、所謂魔剣を製作できる職人」
「魔剣を作れる職人……!?」
「そ。だから、あの人は自分が狙われやすいことも重々承知してて、うちの一族総出で守りを固めた工房からは出ない」
「なのに消えたってことは、誘拐、か?」
「多分ね。こっちはジルニス家も総力上げて捜索するけど。色々注意してね」
そう言ってじっとオルスロットを睨みながら見据えるソルドウィンに、ただ静かに頷き返す。
優秀な鍛冶師が誘拐されたのならば、優秀な魔道具製作者のレイト・イアットも狙われている可能性はある。情報を隠してはいるが、レイティーシアにも同様の危険が迫るかもしれない。
「分かった。情報提供、助かる」
「ちゃんと情報活かしてよね? じゃ、俺は忙しいから」
そう言ってさっさとソルドウィンは部屋から出て行く。そして残された3人は、深々とため息を吐く。
「あぁぁぁ! まじキナ臭いな」
「……とりあえず、北の国境の砦は調べる必要がありますね。この前のハートフィルト家の件もありますし」
「だな。とりあえず、俺とアンゼで調べに行くか」
「団長が行くのですか?」
「私もですか?」
あっさりと勝手に決めるバルザックに、オルスロットとアンゼリィヤは目を剥く。しかし、バルザックはニヤリと笑うだけだった。
「だってこんな極秘事項、他の奴らに任せられないだろ?」
「そうですが。それなら俺でも……」
「だってお前、もうすぐ社交シーズン始まるだろ。新婚なのに、奥方一人で放っておくのか? ダメだろ。一方の俺は貴族じゃねーから、社交とか関係ねぇし」
「……」
反論できない理由に、オルスロットは黙り込む。
二男とはいえ、オルスロットもランドルフォード侯爵家の人間だ。しかも新婚。社交シーズンを無視するわけにもいかなかった。
そんなオルスロットを横目に、アンゼリィヤは顔を顰めながら問う。
「何も、私まで行く必要は無かろう」
「いや、だって、俺そんなに北の国境の砦詳しくねぇし?」
「そんなもの、現地の隊長に聞けば良かろう」
「いやいや、調査すんのにあっちの奴らに色々聞いたら怪しまれるって。アンゼ、そんなに俺と一緒に行くの嫌かよ?」
「貴殿と長時間二人きりなど、精神が休まらぬ」
「うっわ、ひでぇ」
そうニマニマ笑いながら言うバルザックは、アンゼリィヤに近づいてちょっかいを掛けようとしては、あっさりと避けられている。こんなことをしているから、拒否されるのだ。
「アンゼリィヤ・ジルニス。団長の言うことは一理あります。申し訳ありませんが、また北へ行って下さい」
「……承知した」
「団長も、仕事であることをお忘れなく」
「あったり前だっての」
嫌々そうに頷くアンゼリィヤと、ニマニマ笑うバルザック。果たしてこの二人に調査を任せて大丈夫なのだろうか。
そんな不安を抱きつつも、調査のため詳細を詰めて行くのだった。
すみません、書き溜めができていない&ちょっとプロットを組み直しをしているため、今週の平日は更新できそうにありません。
次は、土曜日か日曜日に更新します。




