犬猿の仲1
昨夜レイティーシアから渡された魔道具の半数をガルフェルドに納め、長々と嫌味に付き合わされているうちに予定していた時間を大幅に過ぎていた。オルスロットは執務室で一人、淡々と第二騎士団所有になった残りの魔道具に認識票を付けていく。
貴重なレイト・イアットの魔道具だ。ちゃんと認識票を付けて管理をしなければ、不届き者が勝手に持って行きかねない。
ちなみにこの執務室のもう一人の使用者、バルザックは現在管轄下にある第一部隊の者と共に演習場で訓練中だ。おかげでいつもなら何かと入れられる茶々もなく、室内は静まり返っている。
静かな部屋で淡々と単純作業を行っていると、いつのまにか頭には昨日のレイティーシアの様子が蘇ってくる。
嫌がらせなど、大したものではない。心配する必要もない、といった頑なな態度。
普段はおっとりとしているというか、穏やかにマイペースな様子のレイティーシアが時々見せる明らかな壁。レイト・イアットであるという最も秘すべきことは教えてくれたが、その内面はほとんど見せて貰えない気がしている。
そのことに最近気が付き、そしてイライラしている自分。その事実に、オルスロットは余計イライラしていた。
自分の感情が理解できない。
いつの間にか、近頃自分を悩ませている事柄に思考が行きついていて、グッと眉間にしわが寄る。こんなことばかり、考えているほど暇もないのに。
はぁ、と息を吐いて眉間を揉み解す。取り急ぎ考えるべきは、この魔道具の使用者を誰にすべきか、だ。
思考を仕事に戻そうとしたその時だった。
ドォォン、という近頃では少々聞き慣れつつある轟音が外から響いてきた。
「……今日もまた、ですか」
眉間に深いしわを寄せたオルスロットは深々とため息をつき、席を立つ。
向かうのは、轟音の発生源。演習場だ。
§ § § § §
行き慣れた道を進み、辿り着いた第二騎士団が使用する演習場では予想通りの光景が広がっていた。
立ち上る土煙に抉れた地面。呆れたり戸惑ったりといった様子の新人騎士達が周囲を囲む中心では、バルザックに取り押さえられたアンゼリィヤと他の騎士に押さえられたハロイドが睨み合っている。
整備担当から嫌味と共に修理費用の請求書を押し付けられる、最近では日課となってしまっている事柄がこの後発生することも確定だ。オルスロットの眉間のしわがより深くなる。
とりあえず野次馬よろしく騒ぎを眺めている新人たちを訓練に戻し、その他の騎士達に指導をする様指示をする。
第二騎士団員は大半が地方の都市に配属されており、王都に居るのは団長と副団長、そして第一部隊員20名のみだ。有事には直轄部隊であるこの第一部隊を率いて、現地および周辺の騎士達を集めて対処に当たることになる。
直轄部隊員が少ないようにも思えるが、王都および王城の守備などは第一騎士団と近衛騎士団が行うため、あまり人数が居ても通常時は持て余してしまうため仕方が無い。ちなみにこの20名は春先は新人騎士の指導が主の任務となるのだ。
おかげでこの毎日の騒動を新人騎士達も目の当たりにしている訳だが、第二騎士団の評価が下がっていないか非常に不安である。夏にある配属で第二騎士団希望が皆無になったらどうしてくれようか。
自然と厳しくなる表情を取り繕うこともせず、騒動の原因であるアンゼリィヤとハロイドの元へ向かう。
「全く、毎日毎日。いい加減にしなさい」
「おう、オルスか」
オルスロットに気が付いたバルザックがへらりと笑って片手を上げるが、その軽い態度にイラっとする。
「団長も、何故共に居て防げないのです」
「うわ、俺も怒られるのか」
「当たり前です。くれぐれも、二人を近付けない、騒ぎを起こさせないようお願いをしたはずなのですが?」
「ははは、すまんすまん。つい指導に気を取られているうちになぁ」
「指導ではなく、貴方のお遊びでしょう……」
欠片も反省する気の無いバルザックに、深々とため息を吐く。バルザックにお目付役を期待した自分が間違っていた。
脳筋かつ戦闘狂の気があるバルザックが、訓練とはいえ剣を握っている時に、他のことまで気が回るわけがない。
眉間のしわをより深くしながら、アンゼリィヤへ鉾先を変える。
「アンゼリィヤ・ジルニス。あれ程、この演習場で魔術を使うなと言ったのに、どういうつもりです。何か申し開きすることは?」
「彼奴が第二騎士団を貶すのが悪いのです」
「……いい加減貴女も我慢を覚えなさい」
反省の色など欠片も見えないアンゼリィヤはハロイドを睨みつけ、ハロイドはそんなアンゼリィヤを鼻で笑う。毎日同じ理由で騒動を起こし、そして態度も改める気もない二人に頭が痛くなる。
「ハロイド、貴方も今は第二騎士団員です。そのことをいい加減認めなさい」
「そんなこと、言われるまでもなく自覚している。ただ純粋に、ここよりも第一騎士団や近衛騎士団のほうが優れている、という事実を新人に教えていただけだ。それなのにそこの雌イノシシが突っかかって来たのだ」
「貴様っ!!」
「落ち着け、アンゼ。お前さんが第二を誇りに思ってることは分かってるから、頭を冷やせ」
ハロイドへ向かって行きそうになるアンゼリィヤを抱き締めるような形で押さえるバルザックは、珍しく真剣な表情だ。そのまま鋭い視線をハロイドにも向け、命じる。
「ハロイドもだ。頭を冷やせ。うちに異動になってイライラしてるのかもしれんが、言い方を気を付けろ」
「……失礼しました」
しばらくバルザックを睨むように見ていたハロイドは、渋々といった感じではあるが頭を下げる。そして自身を押さえつける騎士を振り払い、演習場から出て行く。
「……あれ、いいの?」
「仕方有りません。今無理に押さえつけても、より反発するだけでしょうから……。で、ソルドウィン。貴方は何の用です?」
「あれ? 気付いてたの?」
「気付かない訳無いでしょう」
金色の瞳を瞬かせるソルドウィンは楽しそうにニヤニヤ笑いながら、オルスロットの隣に立っていた。別に立ち入り禁止というわけではないが、魔術師が騎士団の演習場になど普通は来るものではない。多分ソルドウィンの用事も良いものではないだろう。
そんな予感に、オルスロットは深々とため息を吐くのだった。




