嘘まみれのシンデレラストーリー3
扉の側での立ち話は目立つから、と書斎の中へ招き入れられた。
そしてレイティーシアがソファーに座り、マリアヘレナが扉の近くの壁際に控えると、オルスロットは執務机の椅子に腰を下ろす。レイティーシアが座ったソファーの向かいにももう一つソファーがあるのだが、あえて距離のある執務机の方へ行ったのだ。明らかに夫婦の空気ではない。
軽く首を傾げて前髪の隙間からオルスロットの様子を窺うと、短い黒髪をかき上げ、椅子にもたれていた。
「それで、貴女は結婚の理由を知ってどうしたいのです」
「……? なぜ、そんなことを聞くのですか? 分からないことを聞くのはおかしいですか?」
「わざわざこんな時間に乗り込んできて、分からないから聞きたいだけだと? 何か要求がある訳ではなく?」
「はい。今の生活には不満ありません。ただ、分からないことを分からないままにしておくのは、私の趣味ではないので教えて頂きたいのです」
きっぱりと言い切ると、なぜだかオルスロットは脱力していた。
「身構えて損をした……。分かりました、お教えしましょう。ただし、理由が気に入らないからと騒ぎ立てるのは勘弁願いたい」
「……? 一体どのような理由なのですか?」
「結婚の理由は、ただの女避けです」
「女避け……?」
きょとん、とオルスロットを見つめれば、眉間にしわを寄せ、苦々しげに語る。
「はい。見合いやらパーティーやらの話が毎日山のように来て、仕事の時間を削られるのはいい加減耐えられなかったのです。城内を歩いているだけで女性に絡まれるのも鬱陶しかった。だからです」
「でも、何も私のような女を選ばなくても良かったのではないですか?」
「貴女は俺に興味無さそうでしたから」
「……?」
「俺に興味がなく、行き遅れの貴女なら、与し易いと思いました。程々に優しく接していれば文句は言わないだろうと。放っておいても、夫婦の役目を果たさなくても、問題はないかと思いましたので」
予想は外れましたが、と苦笑するオルスロットの言い草はなかなか酷い。しかし、オルスロットが何をしたいのか、ということ以外は特に疑問も不満も抱いていなかったレイティーシアは、なるほどと納得した。
「確かに。普通のご令嬢方でしたら、侮られていると騒ぎ立てるかもしれませんね」
「ええ。たとえ見合い話などが減ったとしても、家で奥方の機嫌を取らなくてはならない、となると非常に面倒です」
きっぱり言い捨てるオルスロットは、氷のような蒼い瞳も相まって、非常に冷徹な雰囲気だった。
今までレイティーシアに接する際は柔らかな雰囲気を纏い、常に微笑を浮かべていた。素晴らしい外面である。
「理由は、分かりました」
「……では、離縁を求めますか?」
蒼い瞳を細めて尋ねるオルスロットに、レイティーシアは笑みを向ける。長めの前髪と分厚いレンズのせいで笑っていることに気付かれていないかもしれないが、些細なことだ。
「いえ。私にとっても悪い話ではないので、このままで構いません」
はっきりと言い切ると、オルスロットは切れ長の瞳を見開いた。
「悪い話ではない?」
「ええ。我が家ではあまり気にしていないのですが、いつまでも結婚しない娘がいるのは外聞が悪いですからね。仕方なしに結婚するなら、互いに利害関係で結びついている方が私も気が楽です。それにこの結婚は、ランドルフォード侯爵家からのお話ですから、私から離縁出来ると思いません」
「…………そうですね。分かりました」
きっぱり笑顔で言い切ると、オルスロットは少し複雑そうな顔で頷いた。そして軽く目を伏せてしばらく考え込んだ後、淡々と今後について決めていく。
「では今後、妻同伴が必須のパーティーには同行を頼みます。貴女に来る招待については、王族主催の催し物は断れませんが、それ以外は自由にして頂いて構いません。あと、屋敷の中であれば、好きに過ごして下さい」
「やっぱり、パーティーは出ないといけませんか……?」
「流石に、結婚したのに一人で参加していては、変な噂が立ちますから。協力をお願いします」
「……分かりました。ああ、夕食も無理に共に摂らなくて構いませんわ」
「助かります。すぐに変えては周りに不審がられるので、少しずつ変えさせて頂きます」
氷のようなオルスロットの秀麗な顔にも、うっすらと笑みが上っていた。