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嘘つきはだれ?  作者: 金原 紅
本編
29/100

温度差

「痛っ」

「レイティーシア様、またですか!?」

「奥様、早く手当てを」

「クセラヴィーラさん、落ち着いて下さい。大丈夫ですよ」


 そう言いながら、レイティーシアは指先に浮いた血の玉を拭い、魔法で傷を癒す。小さな傷だし、大した痛みもない。

 しかし、たまたま居合わせたクセラヴィーラは顔を険しくさせているし、マリアヘレナも慌てている。本当に、大したことは無いのだけれど、周りはそう受け取ってはくれないようだ。

 手紙に仕込まれていた、小さな刃物で指先を切ってしまっただけなのに……。


 先日の公爵夫人のお茶会後、こういった嫌がらせ目的の手紙が増えていた。

 刃物が仕込まれていたり、虫が同封されていたり、気味の悪い言葉が延々書き連ねられていたり。実にバリエーション豊かだ。

 そして送り主も様々なようだった。


「リュミリエール・ダノワレス男爵令嬢に、ファルファティナ・バールレイ子爵令嬢、コルトレッティ・ルーゼリオール伯爵令嬢。送り主はもう分かっているのです。奥様、このまま放置するのですか?」

「そうですね……」


 レイティーシアは顔を覆う大きな眼鏡を触りながら、小さく息を吐く。嫌がらせの手紙が届くようになってから、あっという間に送り主を特定した、この屋敷の使用人たちが頼もしく、そして恐ろしい。

 ピリピリした空気を放つクセラヴィーラは、すぐさま対処すべき、と常に声高に言っている。レイティーシア、ひいてはオルスロットおよびにランドルフォード侯爵家が舐められているようなものだ、という主張だ。

 しかし、レイティーシアとしてはあまり事を荒立てたくなかった。


「彼女たちは、多分、良かれと思ってやっているのですよ」

「何がですか!?」


 クセラヴィーラの形の良い眉が跳ねあがり、キリリと茶色の瞳で睨みつけられる。迫力がすごい。


「いえ、彼女たちは、先日のお茶会でも素敵な視線を下さった方々でして」

「視線ですか?」

「ええ。ナタリアナ様と、仲がよろしいのでしょうね」

「ああ、そういうことですか」


 レイティーシアの言い分を理解したクセラヴィーラは、しかし納得はしていないようだった。ド迫力笑顔が浮かんでいる。


 この嫌がらせの手紙を送ってきている令嬢たちは、先日のお茶会でナタリアナの取り巻きをしていた少女たちだ。あからさまな嫌味や、不躾な視線を送ってくれていた。

 分かりやすい嫌がらせを行うのも、その延長線上だろう。自分たちのトップであるナタリアナを不快にさせるレイティーシアに鉄槌を、といったところだろう。

 しかし、この子供が行うような嫌がらせは、そんなに実害はない。ちょっと鬱陶しいとは思ってきているが、レイティーシアとしては傷つく程の事でもない。わざわざ相手をするのも面倒だった。


 それよりも、先日のお茶会の招待状の件だ。公爵夫人の言葉を信じると、原因はナタリアナの様である。

 しかし、それは悪意があって行ったことであったとしても、証拠がない。むしろ、向こうから招待状送付の手配をしたという証拠を出されると、完全にこちらの落ち度ということになってしまう。

 そのため、レイティーシアの立場を危うくするほどの事であったのに、下手に動けないのだ。


「とりあえず、今は何もしなくていいです。きっと、この手紙もすぐ飽きますよ」

「しかし……」

「事を荒立てては、また醜聞が広がります。収まるのを待ちましょう」

「……分かりました」


 きっぱりと言い切るレイティーシアに対して、クセラヴィーラは物言いたげにしながらも引き下がるのだった。


   § § § § §


 その日のオルスロットの帰りは、いつになく早かった。3日間の休みを取って以来、比較的帰りが早かったのだが、今日は格別だ。

 そして帰ってすぐにレイティーシアの元にやって来て、その手を取るのだった。


「旦那様? どうされたのですか?」


 じっとレイティーシアの手を見つめるオルスロットに、眼鏡の下で目を丸くする。しかし、そんなレイティーシアには構わずしばらく指先を観察していたオルスロットは、そっと息を吐くと真剣な面持ちで見つめてくる。


「レイティーシア、怪我したと聞きました。傷跡もないようですが、本当に大丈夫ですか?」

「怪我……あっ、あれですか。はい、もう大丈夫です」


 もはや嫌がらせの手紙で負傷したことすら記憶の彼方に押しやっていたレイティーシアは、少し考え込んでから答えた。にっこり笑って返事をしたのだが、オルスロットは眉間のしわを深くする。


「レイティーシア。貴女は大したことではない、と言っているようですが、本当に大丈夫なのですか?」

「え……はい。ただの、子供の嫌がらせです。騒ぎ立てる程の事ではないですよ」

「しかし……」

「そんなことより、旦那様!」


 いつまでも続きそうな言葉を、レイティーシアは無理やり断ち切った。あまりにも無理やりな転換に、オルスロットはそんなことなんて、とより眉間のしわを深くしていたが、気にしない。

 そして、丁度良くオルスロットに渡そうと思っていたものを押しつける。


「また魔道具が出来たので、お渡ししますね。今回は、結界の魔道具を10個です」

「……魔道具は、ありがとうございます。助かります。しかし、」

「ご心配ありがとうございます。でも、本当に大丈夫です。このくらいの嫌がらせなんて、大したことないですよ」

「このくらいって、そんなこと……」

「本当に、大丈夫です」


 にっこり笑ってオルスロットの言葉を封じる。態度で、これ以上この話題はしたくない、と表明をする。

 その頑なな態度に、オルスロットは秀麗な顔を歪ませるのだった。

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