正念場
公爵夫人のお茶会当日。
たった二日でレースが増量され、デザインは崩さないまま露出度の減った薄紫色のドレスを身に纏い、レイティーシアはウィンザーノット公爵邸に足を踏み入れた。
今回のお茶会は、ウィンザーノット公爵邸の庭園の花を観賞しながらのガーデンパーティー。前回ナタリアナが開いた時とは違い、春になって花も盛りだ。広い庭園の随所で様々な花が咲き乱れ、参加者は思い思いに花を観賞している。
また、庭園の片隅では楽団が軽やかな音楽を奏でており、目だけでなく耳も楽しませてくれる。
今回のパーティーに比べて、ナタリアナのお茶会の杜撰さが浮き彫りになるのだが、あれは緊急事態ということで許されるのだろうか。
そんなことを考えながら、本日の主催者であるウィンザーノット公爵夫人を探す。まずは挨拶をしなくてはならない。
ちなみに、手土産として持参したお茶は、屋敷に入る際に執事に渡している。直接手渡ししたいところだが、このようなガーデンパーティーでは荷物を渡されても迷惑なだけだ。手紙を添えてそっとアピールするしかない。
優雅に見えるよう注意しながら周囲を見渡すが、なかなか公爵夫人が見つからない。今日のお茶会は規模が大きく、かなりの人数が参加している。
あまりの人の多さに早くも嫌気が差してきた頃だった。偶然にも見知った人に出会えた。
「ナタリアナ様」
「まぁ……! レイティーシア様」
可愛らしい薄黄色のドレスに身を包んだナタリアナは、その青いたれ目を大きく見開いていた。レイティーシアが居ることにとても驚いているようだが、なぜだろうか。
内心で首を傾げながらも、丁度いい人物に出会えたので大きな眼鏡の下で満面の笑みを浮かべた。
「素敵なお庭ですね。本日はお招き頂けて、とても光栄です」
「ありがとうございます。当家自慢の庭ですの。どうぞ、本日はお楽しみください」
「はい、ありがとうございます。……あの、公爵夫人にもご挨拶をしたいのですが、どちらにいらっしゃるかご存知でしょうか」
恥を忍びつつ直球で聞いてしまう。母親の居場所は把握しているのではないか、という打算だ。
華奢なナタリアナを見下ろしながら恥ずかしげな空気を醸し出してみると、虚を突かれたような顔をしていた彼女も小さく笑う。
「お母様でしたら、一番奥のアプリコットの花の下に居りますわ」
「アプリコットの花の下ですね。ありがとうございます」
一番奥、というある意味分かりやすい場所だが、面倒な場所に居らっしゃったらしい。
とりあえず居場所が分かったので一安心してナタリアナに笑顔でお礼をすると、少し物言いたげな眼差しで見上げられた。小さく首を傾げてナタリアナの言葉を待っていると、頬をうっすらと薔薇色に染めながら期待を込めた声で聞かれる。
「あの……。今日は、オルスロット様は?」
「……旦那様はお仕事が忙しいとのことで、本日は参加できなかったのです。申し訳ありません」
「まぁ、そうでしたの。残念ですわ……」
分かりやすく落ち込まれて、少し戸惑う。先日劇場で会った時もそうだったが、ナタリアナはオルスロットを慕っている様子を隠そうともしない。
若く可憐で、家柄も良い美少女が慕う男性と結婚した自分が、なんだか悪いような気がしてくる。
実際、ナタリアナの周囲に居た彼女の取り巻きであろう少女たちからは、キツイ視線がビシビシ突き刺さる。こそこそと、年増や美人でもないのに、といった声も聞こえてくる。あぁ、女の集まりって怖い……。
引き攣りそうになる笑顔を保ったまま、とりあえずオルスロットの件には触れずにこの場からの離脱を図る。
「ナタリアナ様。公爵夫人へのご挨拶がまだですので、後ほどゆっくりお話しさせて下さい」
「そうでしたね。引きとめてしまってごめんなさい。また、後で」
「はい。では、失礼致します」
優雅に見える様気を付けながら、しかし全速力でナタリアナ達から離れる。若い子って怖い。いつまでもビシビシ視線が突き刺さるのを感じながら、公爵夫人が居るアプリコットの花の下を目指す。
そして幾人か、見覚えがあるようでない人々とも挨拶を交わしながら、庭園の奥に進み。やっと辿りついたアプリコットの花の下。
そこにはナタリアナとよく似た、美しく凛とした貴婦人が居た。
丁度挨拶に訪れた人が切れたタイミングだったようだ。大輪の薔薇の様に華やかで堂々としたその貴婦人は、緑色のたれ目をレイティーシアへ向ける。
その凛とした、強い眼差しに気押されそうになりながら、礼をする。
「はじめまして。レイティーシア・ランドルフォードと申します。本日は、お招き頂きまして、ありがとうございます」
「はじめまして。アルメリアナ・ウィンザーノットですわ。楽しんで頂けているかしら?」
「はい。とても素敵なお庭で、ぜひ我が家でも見習いたいです」
ウィンザーノット公爵夫人アルメリアナとの会話は、値踏みをされているような感覚に陥る。こういった会話があまり得意でないレイティーシアは、内心冷や汗をかきながら応えていた。
そしてどのタイミングで切り出すかじっと窺いつつ会話を続け、一段落した頃に、姿勢を正して頭を下げる。
「先日は、招待状の件でご迷惑をお掛けしてしまいまして、申し訳ございませんでした」
「……そうね。今回はなにかの事故かもしれないけれど、気を付けた方が良いわ。貴女は今、とても注目されているから」
「はい、申し訳ありません」
「もう頭を上げて? 他の方々が気にするわ」
頭を下げたまま殊勝な態度で畏まっていると、アルメリアナが小さく息を吐いて言う。周囲から好奇の視線が集まっていることは感じていたので、すぐに姿勢を戻してアルメリアナを見ると、緑色の瞳には困ったような色が多分に含まれていた。
「今回、貴女への招待状は、お友達だというナタリアナに預けてしまったの。あの子が責任をもって渡す、と言っていたから」
「ナタリアナ様が……」
「ええ。あの子はちゃんと貴女へ渡るよう手配をした、と言っていたのだけれど、もしかしたら何か不備があったのかもしれないわ。あの子は少し、甘いところがあるから」
母親の顔で笑うアルメリアナだが、その言葉に引っかかる。
ナタリアナが渡すと言っていた、レイティーシアの元には届いていない招待状。そして、今日ナタリアナに会った時、彼女はひどく驚いていなかっただろうか。
そんなまさか、という思いと共に持ち上がった疑念は消しきれないまま、その日のお茶会は過ぎ去っていった。




