消えた招待状1
バルザックたちは昨夜は遅くまで飲んで、そして泊っていったらしい。朝、レイティーシアが起きて大量の空になった酒瓶を片付けている使用人から聞いた話だ。
そして朝食を食べようと食堂へ向かうと、既に外出の支度を整えた彼らに行きあう。
使用人が片付けていた酒瓶の量から想像していた様子とは180度違い、全員元気そうだった。皆酒豪の様だ。
「皆さま、おはようございます。もう出られるのですか?」
「おう! 奥方か、おはようさん」
「おはようございます、レイティーシア。今日から新編成での仕事になるので、準備のため早く行かなくてはならないのです」
一歩レイティーシアに近づいたバルザックの前にさり気なく立ち塞がり、オルスロットが説明をする。その後ろでバルザックが何やらニヤニヤ笑っている様子に、レイティーシアは少し首を傾げる。
しかし、何となくバルザックの事を追求するのは躊躇われたため、特に触れずにおく。
「そうでしたか。リィヤ姉様が昨日のうちに王都に戻られたのも、そのためだったのですね」
「ああ、そうなのだ。シアとはもっとゆっくり話したかったが……。また、休みの日に来るよ」
「はい、お待ちしております」
心底悔しそうにするアンゼリィヤに、笑い返す。そしてあくびをしながらふらふらと歩いているソルドウィンにも声を掛ける。
「ソルドウィンは相変わらず朝に弱いのね。お仕事、しっかり頑張ってね」
「は~ぃ……」
いつも以上にぐにゃぐにゃな返事に苦笑いしか出ない。アンゼリィヤに叩かれながらも玄関から出て行くソルドウィンを見送り、そしてまだ残っていたバルザックとオルスロットへ視線を向ける。
相変わらずニヤニヤしているバルザックは、レイティーシアの視線を受けると軽く手を上げる。
「じゃ、奥方。オルスの事頼むな」
「え?」
「ま、仲良くしてくれや」
「えっと、はい。団長さんも、どうぞよろしくお願いします」
今一何を頼まれているのか分からないまま、軽く頭を下げる。それを見たバルザックは、獅子の様な風貌には似合わない優しげな笑みを浮かべ、そして玄関から出て行った。
意外な表情に少し呆然としてその後ろ姿を見送るが、ハッと隣のオルスロットを見上げる。
「っあ、旦那様も、もう行かれますよね。お仕事頑張って下さい」
「……そうですね」
レイティーシアを見下ろしたオルスロットは蒼色の瞳を細め、少し複雑そうな顔をしていた。小さく首を傾げながらその瞳を見上げていると、しばらくしてふい、と反らされる。
「では、行って参ります。レイティーシアはゆっくり、朝食を食べて下さい」
「はい。行ってらっしゃいませ」
明るい朝日を受けた玄関先へと出て行く、黒い騎士服を纏ったオルスロットの広い背中を見送りながら、ふとレイティーシアは気付く。
朝、出立するオルスロットを見送るのは初めてだった、と。
§ § § § §
形ばかりの夫婦とはいえ、結婚してから早2ヶ月は経っているのに、今更やっと朝のお見送りをするなんて。
非常に申し訳ない気分になりながら、レイティーシアは溜まっていた手紙を処理していた。一時期よりは減ったとはいえ、色々と招待状は届くのだ。
毎日のように、お茶会や何かしらの催し物があるのだ。まだ社交シーズンは始まっていないのに、王都の貴族方はとても活動的だ。
半分呆れ気味になりながら淡々と処理を進めていたが、そんな中に紛れていた一通の手紙に、レイティーシアは目を見張った。
珍しい、というよりも手紙を頂く間柄でない相手からのソレに、首を傾げる。
「あら? ウィンザーノット公爵夫人様からのお手紙……?」
「公爵夫人様からですか? ご令嬢ではなく?」
「ええ。ナタリアナ様ではなく、ナタリアナ様の母君だわ」
簡単な招待状の返答について代筆を頼んでいたマリアヘレナが、レイティーシアの言葉に手を止めて確認をする。しかし何度封筒を見返しても、公爵夫人のサインしか入っていないソレに、レイティーシアも困惑気味に答える。
そして意を決して中身を確認し、一気に血の気が引く。
「どうしましょう、マリア……!」
「一体どうしたのですか、レイティーシア様?」
「これ……。心当たりがないのだけれど……、一体どうしたら……?」
「どうしたのですか?」
心配げなマリアヘレナに、しかしレイティーシアは動揺のあまり説明が出来ない。震える手で、そのまま手紙を差し出した。
マリアヘレナは琥珀色の瞳に困惑の色を乗せ、レイティーシアの側に寄って肩へ手を添える。しかし震えも止まらないその様子に、とりあえず手紙を受け取る。
そして思いがけない内容に、驚愕の声を上げた。
「……えっ!? 明後日開かれるウィンザーノット公爵夫人のお茶会の再確認……?」




