春の嵐1
オルスロットの休日3日目。
この日は、前日一日中出歩いていたこともあり、朝はゆっくりでいいことにしていた。だから、レイティーシアは日も大分高く上った頃、ブランチを取るために身支度を整えて食堂へ向かったのだった。
するとそこには。
「おはよーさん、姫さん」
「ソルドウィン?」
なぜか食堂では渋面のオルスロットと共に、ソルドウィンがブランチを取っていた。
よく分からない状態に、首を傾げながらオルスロットを見る。しかし、盛大に眉間にしわを寄せている彼は説明するのではなく、とりあえず食卓に着くようレイティーシアを促した。
そしてレイティーシアの食事が並べられた頃、他人のことなど意に介さずマイペースに食事をしていたソルドウィンが勝手に喋り出す。
「姫さんたち、昨日は随分アピール活動に励んだらしいね。もう噂が盛りだくさんだったぜ?」
「噂?」
「どんな噂です」
小首を傾げるレイティーシアと、更に顔を顰めたオルスロットが問いかけるが、ソルドウィンはレイティーシアにだけ視線を向けて話し始める。
「ふつーに、どこそこで姫さんたちの夫婦を見て非常に仲睦まじかった、とか、焦ってアピールしてる、とか」
「まぁ」
「あと、すっげー失礼なのだと、姫さんが全然美女じゃない、とか。ま、そのついでに、美女じゃなくてもオルスロットみたいなのをゲット出来ることもあるから、未婚女性にとっての朗報だ、とか言われてるけど」
「失礼なものですね」
「でも事実ですわ」
むすっとした男性陣とは対照的に、当の本人は一切気にした風もなくころころと笑っている。
しかし納得がいかない面持ちのソルドウィンは、唇を突き出しながらレイティーシアに問う。
「姫さん、眼鏡取んないの? もう、うるさい爺共は居ないしさー。せっかくの瞳が隠れてもったいない」
「……うん、そうだけど、ね」
ソルドウィンの指摘に、レイティーシアは歯切れ悪い返事を返すのみ。少し俯き、顔の半分を覆う大きな眼鏡を触る。
いかにも訳ありといった様子に、オルスロットはより眉間のしわを深くするが、事情が飲み込めないためただ静かにレイティーシアを窺っていた。
その、何とも気まずい空気が食堂を支配している時だった。
「たのもー!!」
市民街の高級住宅地に似つかわしくない大声で、これまた似つかわしくないセリフが響き渡った。
しかも、その声は低めではあるが、明らかに女性の声。全てにおいて、おかしな事態だった。
しかし。
「あ、やっべぇ」
「どうしたの、ソルドウィン?」
先ほどの声に何か慌てだすソルドウィン。首を傾げるレイティーシアに、頬を掻きながら説明する。
「いや、俺、アレの先触れっていうか、忠告に来たんだよね」
うっかり忘れてたわ、と笑うソルドウィンへオルスロットは氷点下の視線を投げつける。
「本当に、なぜのうのうと食事をしていたんですか……」
「や、だって、アンタと二人っきりで何もせずに姫さん待つなんて、ちょー俺辛い」
「超、とか言うな気持ち悪い」
「うっせぇよ」
「えっと、それで、さっきの声は何だったのかしら? ソルドウィンは知っているのでしょう?」
険悪な空気を醸し出すオルスロットとソルドウィンに、レイティーシアはおろおろと軌道修正を試みる。このまま放置しておくと、またあの大音声の声が掛けられそうな気がしていた。
「あー、うん。そう、アレね。姫さんもアンタも知ってる人だから、とりあえず行こっか」
「何故です?」
軽く誘うソルドウィンに対して、警戒心も露わなオルスロットはレイティーシアを押しとどめて問いかける。しかし、にへらと笑うソルドウィンは説明する気など一切ない様子で、とりあえず行けば分かる、とだけ繰り返すのだった。
「旦那様。ソルドウィンも危険な嘘は吐きませんから」
「……仕方ないですね。またあんな大声を出されても敵いませんし」
ため息をついてオルスロットも立ち上がった。そしてソルドウィンの先導に従い、屋敷の外、門の近くまで行く。
すると――。
「遅いっ!」
門前に立つのは、燃えるような紅の髪を短く切りそろえた長身の女騎士。右目の下に走る傷跡が勇ましいその女性は、ソルドウィンとよく似た金のつり目を怒りに燃え上がらせていた。
「……アンゼリィヤ・ジルニス?」
「リィヤ姉様!」
訝しげなオルスロットの声と、嬉しげなレイティーシアの声はほぼ同時だった。
それを受け、女騎士――アンゼリィヤはレイティーシアには優しげな笑みを向ける。そして一瞬後にオルスロットへ憎々しげな視線を投げつけ、ビシリと人差し指をつき付けた。
「副団長! 貴殿に決闘を申し込む!!」




