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嘘つきはだれ?  作者: 金原 紅
本編
19/100

休日の過ごし方3

 『ハールトの花』。

 それは、25年程前の出来事を題材とした恋愛物語であり、20年以上演出等を変えながらたびたび公演が行われる人気作品だ。


 北の国境近くにある、森に抱かれた小さな街ハールト。そこの領主の一人娘が、屋敷の側の森の中で傷つき倒れた青年を助けるところから物語は始まる。

 始めは警戒を露わに、命の恩人である娘に対しても一切心を開かない青年。しかし、献身的に看病を行う娘に次第に青年は心惹かれて行くのだ。

 そして穏やかに愛を育んでいた二人だったが、それを周囲は許さなかった。

 小さな領地とはいえ、領主の一人娘と素性も知れない青年だ。父親である領主は激怒し、青年を追い出してしまった。

 娘は悲嘆に暮れる。しかし、時代は更に冷酷だった。


 隣国が攻め込み、国境近くの街であるハールトはあっという間に蹂躙されてしまう。そして更に、その隣国の将軍が戦利品の一つとして、領主の娘を妾にするというのだ。

 敵国の将軍の妾など、どのような扱いをされるか分かったものではない。しかし父である領主にも抵抗の術はなく。

 もはや自害する他道はない、と思い詰めた時だった。


 王都から救援の騎士団が駆けつける。その騎士団を率いるのは白銀の甲冑に身を包んだ騎士だった。

 そしてその白銀の騎士が率いる騎士団はあっという間に隣国の兵を打ち破り、将軍も白銀の騎士に討たれたのだった。

 危機を救われた領主の娘は涙ながらに感謝を述べるが、その前に跪いた白銀の騎士は感謝を受け取らずに謝罪をするのだった。「貴女を守れず、危機に晒して申し訳ない」と。

 そして兜を外したその騎士は、かつて娘が助けた青年だった。驚愕する娘に、謝罪と共に青年は説明をする。


 あの時、ハールトの街の側で倒れていたのは、味方に裏切られて襲われたためだった。そしてそんなことがあったため素情を明かすことも躊躇っているうちに、何者でもない己を慕ってくれる娘に心地よさを知り、告げる機会を失っていた。

 領主に追い出された後すぐに戻って説明をしようとしていたが、丁度青年を探しに来ていた者たちと出会い、そしてそのまま連れ戻されてしまったと。


「貴女には不誠実なことばかりしている。それでも、もし許して貰えるならば。どうか、この先も共に生きてほしい」


 そう愛を歌う青年に、娘も涙を流しながら応えるのだ。


「私を救ってくれたのは貴方です。今、貴方との再会に喜びの涙を流せるのも、貴方のおかげです。どうか、これからも共にこの歓びを分かち合って下さい」


 そしてフィナーレは盛大に開かれた二人の結婚式のシーンで締めくくられる。


   § § § § §


 非常に王道な、ベッタベタな恋愛物語に少々げっそりとしたオルスロットは、隣のレイティーシアを窺う。


「レイティーシア、今日の歌劇はいかがでしたか?」

「私、歌劇は初めて観ましたが、素晴らしいですね!」


 魔道具製作以外に興味のなさそうなレイティーシアの意外な反応に、オルスロットは目を見張りながらも彼女を見る。どことなく、うきうきとした空気を放っている。


「役者の方々が着けている装飾品。例えば、主役の娘さんは首飾りですし、青年だと襟についた飾りでしょうか。あれは、役者さんの歌声を増幅させる魔道具ですね! もっと間近で見たかったです」

「そちらですか……」


 思いがけない視点だが、レイティーシアらしいその感想に、オルスロットは小さく笑う。本当に、彼女は普通の貴族令嬢ではない。面白い女性だ。

 穏やかな気分でレイティーシアの魔道具に関する感想を聞いていたのだが、前方から掛けられた声と共に走り寄るその人物に表情が固まる。


「オルスロット様!」

「…………ウィンザーノット公爵令嬢」

「まぁ、オルスロット様。そんなに余所余所しくなさらず、以前のようにナタリアナと呼んで下さいませ」


 きらきらと輝く笑顔を浮かべてオルスロットを見上げるナタリアナに、内心で盛大に苦虫を噛み潰す。ナタリアナを名前で呼んでいたのは、彼女がまだ幼かった頃だけだ。


「社交界にデビューをされた立派なご令嬢に、そのように馴れ馴れしく接することなどできません。ご容赦ください」

「オルスロット様は厳しいですわ。そう思いませんか、レイティーシア様」

「えっと、そう、ですね?」


 つい先ほどまで存在を無視するように振舞っていたのに、急にレイティーシアに話題を振る。あたふたと疑問気味に同意を示すレイティーシアは、大きな眼鏡で表情は窺いにくいが、困惑しているようだ。

 あまり長く捕まって居たくないという思いもあり、とりあえず離れようとエスコートのためにレイティーシアの腰へ腕を回す。一瞬ビクリとレイティーシアは身を竦ませたが、親密さをアピールするにはこの密着するエスコート方法が一番効果的、というクセラヴィーラからの忠告を思い出したのか、すぐに体の力を抜いた。

 そんな様子を腕で感じながら、別れの挨拶をしようとナタリアナを見ると、青いたれ目を大きく見開いていた。一体何事だろうか。


 レイティーシア共々小さく首を傾げていると、いつの間にかナタリアナの隣にハロイドが現れていた。


「ナタリアナ。勝手に一人で離れて行かないでください。オルスロット、迷惑を掛けた」

「いえ……。ご令嬢一人とは思っていませんでしたが、貴方がエスコートしていたのですか。従兄妹仲がよろしいのですね。しかしよく、『ハールトの花』を観れますね」


 嫌味混じりに言えば、ハロイドは少々顔を顰める。


「お姫様のご希望を叶えるのが、騎士の役目だ」

「素晴らしい、騎士精神ですね」


 冷え冷えとしたやりとりに、レイティーシアが心配そうにおろおろとしていた。一方ナタリアナは少々不貞腐れた様な表情を浮かべながら、手に持った扇で軽くハロイドを叩いている。


「まるでわたくしが我儘みたいではないですか」

「『ハールトの花』の公演があるたびに、私を指名するのは事実ではないですか」

「そうですけど、兄さまたちは観に来て下さらないのですもの」

「それは仕方ないでしょう。両親の慣れ染めを観たがる人間は少ない。私にとっても叔母の話ですから、積極的には観たくないのですが……」


 従兄妹同士のやり取りの横で、レイティーシアは驚愕を露わにしている。

 『ハールトの花』はウィンザーノット公爵夫妻の慣れ染め話が題材、というのは有名な話だったがやはりレイティーシアは知らなかったようだ。この様子では、現在絵物語などが大量に出ている自分たちの結婚についても、いつの日か多大な脚色と共に歌劇になりうる、という考えもなさそうだ。

 ただでさえ既に自分の行いで一本歌劇が作成済みであるオルスロットとしては避けたい事態だったりする。劇的な事件が起きたりしなければ、多分無いとは思っているが。


 思考を飛ばしている間も、ナタリアナとハロイドは仲良く言い合いをしている。

 この従兄妹は、子爵家と公爵家、しかも10歳も年が離れている割に仲が非常に良い。ハートフィルト子爵家の末子で身近に年下の者がおらず、さらにフェミニストであるハロイドが年下の女の子のナタリアナを無下にできず、そしてそれにナタリアナが甘えているといった間柄だろうが。

 とりあえず放っておくといつまでも続きそうだったので、別れの挨拶をするために声を掛ける。


「では、俺たちはこのあたりで失礼します」

「まぁ、せっかくお会いできたのですから、一緒にお茶などしませんか?」

「申し訳ありません。予定があるもので……」


 オルスロット達もお茶、という予定なので本来ならば誘いを断るほどの予定ではない。でも、夫婦が仲睦まじくしているところを大衆にアピールすることが今日の目的であり、そして何より、ナタリアナやハロイドと長時間長く一緒に居たくない。

 ナタリアナのオルスロットへの熱い視線も不快だし、ハロイドがレイティーシアへ馴れ馴れしく話しかけるのも楽しくない。

 表面上は非常に申し訳なさそうな顔を取り繕い、早々にナタリアナとハロイドと別れるのだった。


   § § § § §


 オルスロットとレイティーシアが去った後。

 残されたナタリアナは、手に持った華奢な扇をギリギリと握りしめる。小さな白い手が、ふるふると震えるほど、強い力が込められていた。

 その様子を見たハロイドは、小さく息を吐きながら、注意をする。


「ナタリアナ、扇が壊れますよ」

「なんで……」


 しかしハロイドの注意など一切耳に入っていないようで、ナタリアナは形のいい唇を歪ませながら小さく呟く。


「どうしました?」

「なんで……。あんな噂も流したのに……」

「ああ。第二騎士団の団長からオルスロットにも流れているはずですしね」


 可愛らしい少女の仮面をすっかり落としてしまった従妹の怒りの理由に納得したハロイドは、オルスロット達が去って行った方向を見て、緑色のたれ目をすがめた。


「まぁ、なにか良いネタがあったら、また提供します」

ハロイドの叔母の話なのに、歌劇の方では領主の一人娘になってるのは、脚色されたためです。

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