レイト・イアットの仕事3
その夜、レイティーシアは作業部屋に引き籠っていた。
ハロイドの話のせいで溜まったストレスを発散しようとランファンヴァイェンから貰った”竜の石”の加工をしているうちに、魔道具製作に没頭してしまったのだ。途中でマリアヘレナが注意しに来たり、クセラヴィーラが怒鳴りこんできたような気がしたが、全て聞き流していた。
そして夜もだいぶ更けた頃。自身で納得できる出来の魔道具が完成し、レイティーシアはやっと一息つく。
「ふぅ、これで大丈夫かしら……」
「やっと終わりですか?」
「っ……!?」
一人で籠っていたはずの作業部屋で他者から声を掛けられ、レイティーシアは慌てて振り返る。
「だ、旦那様!? 一体、どうして……?」
「クセラヴィーラから泣き付かれました」
扉のそばの壁に寄り掛かっていたオルスロットが肩をすくめ、そして目を眇める。その蒼い瞳は、薄氷のように冷たい空気を纏っていた。
「貴女は、没頭すると周囲の声が聞こえなくなるようですね。俺も声を掛けたのですが、一切反応しませんでしたし」
「あ、……申し訳ありません」
「職人には良く居ますけれど、屋敷の者が心配します。それに、使用人に迷惑を掛けるものではありません。時間を気にするようにしなさい」
「申し訳ありません。気を付けます……」
冷たい瞳で見据えられ、淡々と注意を告げられたレイティーシアは目を伏せる。そして外出から戻ったまま着替えもせず、魔道具製作に没頭していたために汚れてしまったワンピースのスカートを握り締め、頭を下げた。
その様子をみたオルスロットは小さく息を吐くと、纏っていた冷たい空気を幾分柔らかいものに変える。
「分かったのならば、良いのです。次から気を付けてください」
「はい……」
説教も終わり、これで自身の役目も終わりとばかりに、オルスロットは作業部屋から出るために体を反転させかけた。
しかしレイティーシアが、未だ頭を下げたまま身を縮ませていた。その様子を目の端に捉えたオルスロットは、大きくため息を吐いてゆっくりとレイティーシアへと近づく。
「…………そういえばマリアヘレナから、貴女が俺に渡したいものがあると聞きました」
「え……!?」
「何でしょうか?」
「あっ! えっと、少しお待ちください」
オルスロットに促されて、レイティーシアは慌てて作業机に戻る。そしてつい先ほどまで作成していた魔道具を手に取り、オルスロットの側へ寄る。
「まだ試作品なのですが、ぜひこちらを、旦那様に」
「……ブローチですか?」
そう、今回作成した魔道具はブローチだった。台座となる銀色の金属を、魔術式を織り込んだ紋様の形に透かし彫りし、その中央に小さめの石を付けたものだ。石は中心が青く光っているように見える透明な石――”竜の石”だ。
「騎士服にブローチなんて、付けられないですか……?」
「いえ、それは問題ないのですが。魔道具は、身に触れていなければ意味がないのでは?」
魔道具は、使用者の魔力を使用するものだ。だからこそ、効率的に魔力を取り込むために魔道具は直接使用者の肌に触れるもの、という常識があった。
その常識を踏まえたオルスロットの質問に、レイティーシアはにっこりと笑いながら頷く。
「はい、普通の魔道具でしたら身に触れなければ意味がありません。でも、今回のこれは違うんです」
もったいぶった言い方に、オルスロットの眉間にしわが寄る。大分遅い時間のため、オルスロットもあまり長時間付き合いたくないのだろう。本当ならば色々長々と話したいところだが、さっさと結論を伝える。
「これは、魔力回復のための魔道具です」
「魔力回復……?」
「魔力は、空気中にも漂っていることはご存知ですか?」
「はい」
「人間の魔力も、もとはこの空気中の魔力なんです。自然に、少量ずつ空気中の魔力を取り込んで、自身の魔力として使えるようになるんです」
「……そうなんですか」
突然始まった魔力講座に、オルスロットの眉間にしわはより深くなる。しかしレイティーシアはそれにはめげず、解説を続ける。
「それでこの魔道具は、空気中の魔力を自動的に取り込んで溜めこみ、その溜めこんだ魔力を呪文を唱えることで使用者に与える、という効果をもっているんです」
「……そんなことが、可能なんですか?」
「はい。魔術式は前々から考えていたんですが、なかなか魔力を溜めこめる素材が見つからなくて今まで作れなかったんですが、ちょうど良いものを今日手に入れたんです!」
うきうきと語るレイティーシアに対して、オルスロットは目を見開き、呆然とブローチ型の魔道具を見つめる。そしてややかすれた声で、レイティーシアに問いかける。
「そんな……そんな、とんでもない発明品を俺にと? なぜです?」
「旦那様には、作業部屋を作って頂きましたし、レイト・イアットのことも黙って頂いてますので。僅かばかりのお礼です」
にっこりと笑みを浮かべてオルスロットを見上げる。しかし当のオルスロットは目を見開いたまま、数度口を開閉して言葉を探している様子だった。
そしてしばらく見守っていると、一度目を伏せて息をついて自身を落ち着かせ、レイティーシアを見据える。
「レイティーシア。今まで魔力の回復は時間に任せるしかなかったのに、それをこの魔道具を使うことで一瞬で出来るようになる、という認識でいいですか?」
「正確には、魔道具に魔力が溜まっている場合に限る、という前提になりますけれど」
「それでも十分です。こんな代物、魔術師に差し出せば狂喜するでしょう」
短い黒髪を掻き混ぜながら、オルスロットは小さく息を吐く。
「こんな魔術師が喜びそうなもの、なぜ俺に渡すんですか?」
「旦那様に、お礼を差し上げたいと思っていて、ちょうど良い素材も手に入ったので。あと、それはまだ溜められる魔力量が多くないので、魔術師に渡しても大した助けにはならないですが、旦那様のお役には立つかなと思いまして」
気に入りませんでしたか?と伺うようにオルスロットを見上げていると、また大きなため息を吐かれる。
「本当に、とんでもない才能ですね……。ありがとうございます、この魔道具はありがたく使わせて頂きます」
「本当ですか! よかったです……」
ほっと安心して口元を笑みに綻ばせる。その様子を、オルスロットは少し複雑そうに見ていた。
しかしレイティーシアはそんなことには気づかず、あっと小さく声を上げた後また作業机の側へと駆け寄っていく。
「そういえば旦那様。とりあえず簡単な癒しの魔道具なんですが、20個ほど出来あがったのでお渡ししますね」
「もう、出来たんですか?」
「はい。装飾性なしで必要な魔術式を仕込んだだけの、すぐ作成できるものですから」
そう言って魔道具が詰まった箱をオルスロットに渡す。全て、シンプルなペンダント型の魔道具だ。
レイティーシアの言葉に目を見開いていたオルスロットは、渡された箱の中身を見ると小さく頭を下げる。
「ありがとうございます。すぐに、材料費を用意します」
「元々あった素材を使用しただけですから、気になさらなくて大丈夫ですわ。また、別の魔道具も用意出来ましたら、お渡ししますね」
にっこり笑って告げるレイティーシアに、オルスロットはただただ言葉を失うばかりだった。




