魔術師の忠告
「よう、お帰りさん」
「何故お前が居るのです……」
夜もだいぶ更けた頃。
オルスロットが屋敷に帰り着くと、そんな軽い言葉とともに出迎えたのはソルドウィンだった。屋敷の食堂で堂々とワインを片手に、勝手に寛いでいる。
知らない仲ではないが、特にそんなに親しくもなかったはずだ。
傍若無人なその態度に、オルスロットは頭に手を当てため息を吐く。
「なぜって、アンタが俺に依頼したんだろ、結界」
「……ああ、それですか」
「姫さんのためだからな、しっかり作っといたぜ」
「姫さん……?」
聞きなれない単語に、眉をひそめる。しかしソルドウィンはオルスロットを見ることもなく、つまみを突いている。
「レイティーシアはうちの姫さんだよ。あの才能は宝だ」
「レイト・イアットの才ですか」
「そ。姫さんが作る魔道具は、他の職人のレベルとは格段の差がある。おバカなコレクターのお貴族様たちは分かっちゃいないが、アンタなら分かるだろ?」
それ姫さんのだろ、とオルスロットの胸元へフォークを向ける。行儀悪くテーブルに肘をつき、その上に顔を乗せたソルドウィンはニヤニヤとした笑みを浮かべているが、金の瞳は笑っていない。
騎士服の下に着けたペンダントに触り、軽く目を伏せる。これは正しく、先日レイティーシアからもらった魔道具だった。
詳しい使用方法などは聞いていなかったが、着けているだけで効果があるようだ。オルスロットの魔力を使い、自動で癒しの効果がもたらされているのを感じていた。
勝手に魔力は消費されているが、しかしそれよりも癒しの効果の方が効いているようで、特に疲労感などはなかった。おかげで近頃は仕事が捗っていた。
「そうですね、この魔道具は素晴らしい」
「素晴らしいのは姫さんだっての」
わざわざ修正するソルドウィンに、オルスロットは眉をひそめた。しかし、再びつまみを突くことに専念し出したソルドウィンはそんなことは気にも掛けていなかった。
「あーあ、うらやましい。姫さんの魔道具は貰い放題だし、あの絶景もアンタのもんだなんて……!」
「絶景……?」
「あれ? まだ見てないの?」
「何がです」
「んっふー、そっか。まだなんだ」
むふむふと笑うソルドウィンに、オルスロットが纏う空気は冷えたものになる。それにソルドウィンはぶるっと身を震わせるが、笑いは一向に引く気配はない。
ニヤニヤ笑ったまま、散々ワインとつまみを堪能したソルドウィンは立ち上がる。そして眉間にしわを寄せ、いかにも不機嫌といった風情のオルスロットへと歩み寄った。
「あんまり姫さんのこと放置してんなら、俺が貰っちゃうかもよ?」
「何をふざけたことを」
「そんなこと、いつまでも言ってられるかな?」
くすくす笑いながらオルスロットを見上げていたソルドウィンは、一瞬後には纏う空気を一変させた。金色のつり目には、鋭い光が宿っている。
「姫さんがレイト・イアットってことは絶対に知られるな」
「勿論」
「…………そ。分かってんならいいや」
しばらくじっとオルスロットを見つめていたが、オルスロットの蒼い瞳に真剣な光を見たソルドウィンは再び纏う空気を軽いものに変えた。そしてするりと離れ、そのまま扉へと向かう。
「んじゃ、俺は帰るわ。ごちそーさん」
「勝手に食べておいて何を言ってるんですか。……結界は、感謝します」
「アンタの感謝とか嬉しくないわー。ま、姫さんが喜んでたからいいわ」
じゃあなー、と手を振って出ていくソルドウィンに、より一層オルスロットの眉間のしわが深くなった。そして空いていたグラスにワインを注ぎ、一気に飲み干す。
「…………不快だ」
この先は書き溜めがあまりできていないので、隔日更新になります。申し訳ありません。
隔日更新は守れるよう、頑張ります。




