ラヴレター
だめなパターンで僕は恋をし続けていて、その連続から僕は抜け出せないでいる。あまり抜け出す気もないし、そのうち実を結ぶ事もあるのではないかと楽観視しているところもあるし、そんな恋なんて実を結ぶ必要なんてないのだ、という達観した気持ちもある。
物心ついたときから僕は優柔不断な男だった。八方美人で、いつ刺されてもおかしくないような緊迫した状況の中でのんびり暮らしていた。
僕は天使が好きだ。
天使の事はあまりよく知らない。天使が天使だという名前だって言う事について、僕はあまり疑問を覚えていない。天使は多分天使なんだと思うし、本名があったり別の名前がいっぱいあったりするのかもしれないけれども、正直僕が見ている天使はもはや天使そのものだし、例えばであって、天使が別の外見をしていたとしても天使のことが好きだ。
知りたい事は山のようにある。でも、それらについてもつまらない些事なのではないだろうか。知っても知らなくても、見方が変わる訳ではないのだ。それはまぁ乱暴な言い方をすれば誤差だったり些事だったりするだろう。
はねるように楽しそうなしゃべり方と、声が、いつまでも頭の中でぐるぐると回っている。僕の事を、30だと言ったときに、じーじ、と呼んでくれたのも、どこかうれしかった。初めて若い人から、おっさんだと認識してもらえた気がした。
ぼくはおっさんである。兄弟が下に二人いて二人もと結婚している。
僕は結婚していてもおかしくない年なのだ。でもまだ結婚はしていない。少ない友人も男性側は結婚していない人間が多くいるように思える。そういう年齢なのだ。だからそういう対応をしてもらって、うれしかった。僕は見た目が最近になってやっと、貫禄が出てきたなんて事を言われるようになって、それはただ単純に太っただけなのだけれども、色々弊害はあるけれども、年相応に見にくくなってきている、というかなった。でもやっぱり顔立ちはどこか幼いままで、どうしても年齢よりも若く見られる。しゃべり方も標準語を基準として丁寧語で話す。関西弁で話したり捲し立てたりするのはたいていがブラフだ。自分で言うのもおかしな話だけれども、とても平和な人間だと思う。いい人とは違う。いい人間はブラフなんて使わない。あと、きちんとおこって、きちんとだめだという。僕のはそうではなく、駆け引きの手段でしかない。
とは言ったものの、あまり駆け引きが得意なタイプではない。だから、好きになったらあっさり好きだと言ってしまう。引かれたら、それでそこは幕が引かれる。僕は引き摺るが、それは僕の勝手だ。男は別名保存とはよく言ったものだな、と思う。上手にコミュニケートしていって、きちんと隣に座らせる事が、僕にはできない。
僕がつきあってきた人たちは、僕が落とせないとはなから思っているような女の子が多かった。だから僕は上手に駆け引きをして、初日で口説いてきた。好きでもない女の子なら、いくらでもブラフを張ってそれが虚勢だろうが嘘だろうが関係なく僕の隣にちゃんと座らせる事ができた。そうして恋人をずっと作り続けてきた。僕が没頭するようになると相手がさめる。僕は、でも相手の事に惚れ込んでいくのを自分でとめる事ができなかった。だから今まで延々と恋愛は失敗を続けてきた。僕の見え透いた虚勢は、だめになったら次を作ればいいだけでしょ、という子供染みた発想だ。そんな恋愛と、一目惚れで撃沈する事を繰り返してきた。
天使の事は好きだ。でも、それ以上に天使には幸せになってほしいと思う。多分おっさんだからそう思うんだと思う。天使がいろんな事を教えてくれて、天使の価値観や、達観していたり諦観している部分について、何となくつかんだつもりでいる。というか、そういうところにすごく惹かれたのだ。天使が自分でできないと思ってる事、やりたいと思ってる事、大切なもの、自分の価値観と自分の相違、自分が既につかんだ夢、つかみ損なったチャンス。そういうものを天使が自ら理解しているような気がした。そんな天使の事がすごく好きだ。心の底から愛している。
でも現実的な話じゃない。どこをとっても。
現実的な話をすれば、きちんと僕が会いにいってもおかしくない自分を作って、あって、一晩限りありったけの愛を叫んで、翌日に分かれて、もう二度と会わないというのはとても現実的だ。インターネット越しに話す事や、電話する事は何ら問題ない。会えない事に執着しないのなら、一度あって肌を重ねる事は別にそんな不思議じゃない。でも、そんなのはやっぱりおかしい。何度もデートを重ねて、唇を好きになって、お互いが離れられなくなって、初めて、恋人なんだと思う。でもそれは現実的じゃない。僕は毎週東北に行けるだけの体力はないし、そっちで就職できる立場にない。東京に戻る事も、そのうちはあるかもしれないけれども、まだ今のところはそのオプションについては考えたくない。
天使は好きな事をするべきだし、入りたい大学に入って、好きなサークルに入って、大学生の馬鹿をしたいならやって、何度もいろんな人から告白されて、そういう自由が僕はよいと思う。大学を卒業するか中退するかはわからない。でも、何らかの理由がないと天使はどちらも選ばない気がする。天使はきちんと選んでいくタイプの人間だと思うからだ。つかんでいく道程、僕は邪魔にしかならない。いや、今のところはもしかすると反論もあるかもしれないけれども、それでいこう。僕が障壁になる。様々な事に対してアドヴァイスができるし、欲しい人脈も、何だったら金銭的なものも、ある程度は助けてあげる事ができる。でもそれがそもそも間違っている。僕が天使にできる事なんて本当は何もない。おはようとおやすみ、許してくれるなら、好きだよ、という事ぐらいが、本当はよい。さっき言ったようなアドヴァイスはすべて天使の行く道に障害物を増やすだけだ。天使なら、僕は天使を過大評価している訳ではなくて、自分でそんなもの作れる。人脈も、お金も、時間も、仕事も、欲しいものは、殆ど。僕ができる事なんて何一つとしてない。
婚約指輪ぐらい僕が作ろう。結婚式代もハネムーンの費用も、僕が稼いでしまってもいい。それはお金の話じゃない。僕が天使が好きだという事だけだ。
天使が仕事に飽きる事があって、まだ独り身なら、僕は天使の相手になりたい。でも、その頃には、ああ、そんなおっさんもいたな、と思い出してくれるぐらいで僕は幸せだ。できる事ならば、いつの間にかフェードアウトして、天使の記憶から消えてしまっているぐらいがいい。年齢以上にその頃僕は老けている自信があるし、今もしかしたら持っているのかもしれない少しの魅力も、もうないだろう。本当の意味での燃えカスみたいな枯れたおっさんになっていると思う。そう遠くない未来だ。
僕は自分の可能性にかけていきてきた。そんな風に宣言する事は初めてなのだけれども、チャンスがあればどんな事でもチャレンジした。失敗した事が殆どだ。学んだ事は、敗北の虚しさと、本当に数少なく勝利したときのお酒のおいしさだけだ。生かすべく教訓を探っている時間なんてなかった。遠回りと最短距離を一緒に探している。良い悪いに限らず、回答は見つかる。僕はその経路の幅を広げる事に注力して生きてきて、28のときにもう僕の限界だというところにたどり着いた。もっとできる事はあっただろう。やれるやり方もあったと思う。でも僕はそういう事をしなかった。できなかった。限界だった。その限界の状態で自分が何ができるのかを知りたかった。結果は大きな負けだった。負けに至る過程で、得たものは大きい。僕にとっては宝物そのものだ。でもそんな事は自分が物心ついたときから自分が宝物に満ちあふれている事に、気がついていない振りをしているだけだった。僕はものすごく恵まれて育った。28まで。ずっと。今も、ずっと多くの人よりも自分は豊かな環境を持っていると思う。けれどそれはもう違う。もうチャレンジはやめた。ただそれだけがこの3月までとは決定的に違う。
天使は、ずっとチャレンジし続ける。悔しいと思う事もたくさんあるだろう。僕は愛しく思う。けれど、それは自分が失ったものを天使が持っているとかそういう事ではない。これからよりいっそう輝きに磨きがかかる天使を疎んでいるのでもなく、ましてやうらやましい訳でもない。純粋に姿勢や、天使の言動が魅力的で、好きなのだ。
天使がチャレンジをやめる時が来るのかどうか、もしくは今チャレンジをしているのかどうか、真実はわからない。でも僕には、今はチャレンジをしている。そしてこれからは、いつかは終わるかもしれないが、それは死ぬときかもしれない。そんな風に思っている。天使が偉い訳ではない。ただ、尊敬している。そしてそんな姿勢を持っているのは決して天使だけではない。僕はその中から天使を抜き取って、好きになってしまった。
天使が恋をした事がないと言っていた気がするから、別に恋なんてわざわざしなくてもよいと思う。でもそれは個人的な意見だ。天使がしたいと思ったときに、惹かれる人間は、優しい人であってほしいと思う。豊かな人間であってほしいと思う。尊敬できる人間であってほしいと思う。僕から言われるような事ではないと思うけれども、暴力的で、ただ感情に飲まれるような人とだけはつきあってほしくない。でも、それは僕の理想だし、行き過ぎた発言だと思う。そういう人をどうしようもなく愛しく思ってしまう女性がいる事は、知っている。きっとそんな自分の感情をコントロールで気なような人とつきあうのは、楽しい。そして自分が豊かな人間でないと成立しないと思うから、それはそれでよいのかもしれない。ただ、暴力におびえて、天使の可能性を閉ざしてしまうような人とは、気分的に嫌だな、と思うだけだ。楽しい毎日が、いい。
僕は天使が好きだ。つきあいたいと思う。あっていろんな事も話したい。手をつなぐ事もしたい。唇を奪う事もしたい。長い時間一緒にいたい。永く、最期まで一緒に居れたらどんなに幸せな事かと思う。
でも具体的なプランがない。僕はチャレンジをやめた。
天使、コメントしてくれてありがとう。
久しぶりに、こんなに一人でよい気持ちになる事ができた。
本当に、ありがとう。