5.入鹿の影
前回までは 実力を認められた海斗は五人将となり自分の居場所を見いだしたのであった。
鶴の舞う空
『鶴姫様を守る。それがお前であり私だ。』
「あなたは誰だ?」
『私は果たせなかった。どうか鶴姫様を....』
「待ってくれ!あなたは誰なんだ!何を告げるというのだ!!」
『海斗....貴殿は鶴姫様を守るためにここに来たんだ。』
「えっ....」
『姫君が貴殿の運命の上を歩む限り....』
5.入鹿の影
「!!.....またあの夢か。」
海斗がこの世界にきてからもう一月が経った。この頃海斗はまた不思議な夢を見るようになっていた。しかし以前とは違い、相手の顔や姿はまったく見えず声から男性であろうことだけが分かる。そして告げることは鶴姫の出てきた夢と違い明白で、海斗がこの世界に来た理由はただひとつ。鶴姫を守るためだということだった。
「あっ....しまった!こんなこと考えてる場合じゃなかったんだ。」
海斗は慌てて着替え、身支度をさっと済ませると寝癖など気にしないまま部屋を飛び出した。彼が走って向かったのは、城の中庭であった。海斗がちょうど寝起きしているのは、城のすぐ近くの平屋であった。そこには海斗以外の五人将らが住んでいるのだ。
「遅い!」
「うっ....すみません....。」
「まあ、いい。はじめようか。」
「はい。では...。」
海斗は鶴姫にフェンシングを教わっていた。いつも天気のいい早朝はここ、中庭で鶴姫と鍛錬をすることになっていた。あの時に―あの初陣で片腕が使えなかった時―見せた見事な剣さばきが鶴姫の眼鏡にかなったのだ。
「もっとこう...腕をまっすぐに....あっ、肩が開くのが早いですよ。.........そうそう、いい感じです。』
鶴姫の上達振りは驚くほどだった。約三週間ほどでなかなかの太刀筋になるほどである。凜と剣を構えた彼女の姿は何にもたとえがたいような美しさであった。
「少し休憩しましょうか。」
「ああ。そうだな...。なあ、私の太刀はどうだった?」
「きれいでした。本当に。鶴姫の太刀姿は美しいです。」
「なっ....!ふざけるのも大概にしろ!!」
「いや、真面目ですよ?俺初めて戦場で見たとき、思わず見とれてしまいましたもん。」
鶴姫は頬を真っ赤にして黙り込んでしまった。海斗はもちろん悪気がないので鶴姫が真っ赤になっている理由がわからなかった。
「...お前は入鹿に似ているな。」
「いるか...殿ですか?」
「ああ、お前は知らないのか。入鹿はクロの弟でな、幼かった私の付き人だったんだ。優しくて、強くて...。」
鶴姫によると入鹿という人物は鶴姫に剣や文字などを教え、5年前戸賀崎国に豊洲宮が攻め落とされたとき、退路を作るために一人犠牲になってなくなったそうだ。
「....私は入鹿や死んでいった仲間や部下のために歩みを止めるわけにはいかないんだ。貴族の屋敷を城として国の端に住まわざるを得ない力な私に力を貸してくれる者、帰郷を夢見る民のためにもな。」
海斗は横目で鶴姫を見つめた。見れば見るほど細い腕、華奢な肩。鶴姫はまだ15歳にして重い翼を背負っていたのだ。
「すっかり話し込んでしまったな。もうすぐ朝餉の時間だ。行こうか。」
「あ、はい。」
海斗は鶴姫の背に信頼を置いた。彼女の長い髪がこのときばかりは風になびかなかった。
続く
次回 軍議で海斗はある作戦を提案する。国をとりもどさんとする鶴姫の運命は...