銘柄コード1007
「ikiruさんは、ご結婚されてるんですか?」
「ええ、まあ」
「へえ、どこで知り合ったんですか?」
しばしの沈黙があった後、100億男ははか細い声で「…ネ、ネットで」と言った。
「ネット?えっと出会い系とかですか?」
「まあ、当時電車男とかが流行りまして、それと同じようにネットで知り合いました」
「あー、ずっと家にいないといけないから出会いはないですもんねえ」
「そうですね」
ヤモリは、それ以上深く質問することは無かったが、彼にとって疑問の残る部分が多かった。まさか、電車男と同じようなドラマチックな出会いでもしたのだろうか。とてもそうは思えなかった。だが、出会い系では無いと明言している以上、それでは無さそうだ。オフ会で出会いでもあったのだろうか。何にせよ、一般的な付き合いを期待できない職業なのはよく理解したつもりであった。
「家にこもってると彼女作るの大変よねえ」と母はなにげなく言った後、まずいことを言ってしまったと気付き口をつぐむ。彼は、あまり気にせず苦笑いしたきり、テレビに集中した。
「では、次の質問いきましょうか。これ、みなさん気になってると思いますけど、ikiruさんってどんなお家に住んでるんですか?」
「都内のタワーマンションですね。月の家賃200万円の5SLDKです」
「聞きましたかみなさん。家賃200万ですよ。いやはや次元が違いますね。えっと、今日は部屋のお写真を持ってきてるんですよね?それでは、みなさんこれが200万の部屋です。どうぞ」
スタジオに設置された50インチ以上はある大型スクリーンに、ikiru氏の部屋が映った。最初に目に飛び込んできたのは、高層階からよく見える綺麗な東京の夜景である。東京タワーの展望台に上らなければ、庶民には味わえそうもない夜景が、贅沢にも自宅から毎日堪能できるのだ。40畳はありそうな広い部屋では、高級そうなフローリングが照明の光をピカピカと反射していた。本革の白いソファやガラスのテーブルなど、置かれている調度品も一流のもので揃えられていた。眩いばかりの100億男の住処に、親子はうっとりしていた。嫉妬はあるものの憧れも捨てきれなかった。
「豪華ですねえikiruさん。ここに住んで何年ですか?」
「2年くらいですかね。以前は自分でビルを買ってそこに住んでいたこともありました」
「ビル!?それはなんで買ったんですか?」
「近くにコンビニが欲しくて1階に入ってもらいたかったんですよ。結局、階段があるからだめってことでどこも入ってくれなくて失敗しましたけど」
「コンビニ欲しくてビル買ったの?豪快だなあ。もう自分で経営しちゃえばいいじゃない」とヤモリは笑いながら言った。そして、スタジオのリアクションを確認し、絶妙の間をとってから続けた。
「そのビルはおいくらだったんですか?」
「7億です」とikiru氏が答えると、スタジオにはとどよめきが起きた。
「いや、本当にそこのSPにでもコンビニやらせたほうが安かったんじゃないの」
ヤモリのツッコミにスタジオは沸く。ikiru氏は、少し恥ずかしそうに「そうかもしれませんね。失敗でした。だから、もう引っ越したんですよ」と言った。
「でも、そういう失敗もなきゃね。成功だけ続くってのはありえないもんね」
「失敗があってこそ成功がありますからね」
「ここでCMです。ikiruさんありがとうございました」
CM前のお決まりのBGMが鳴り、ikiru氏へのインタビューは終了した。二人共、カレーはとうに食べ終わっていた。彼は、最後まで視聴してなお自分の進むべき道はこれだと感じていた。100億は無理かもしれないが、自らにも億というお金を稼ぐチャンスはあるかもしれないと思ったのだ。また、100億男への嫉妬もあった。自らは惨めな生活をしている一方で、たいして苦労もしている素振りもなく豪華絢爛な日々を送っているikiru氏が許せなかった。彼は会社で辛い目にあって、わずかな貯金しか残せず退職を余儀なくされたのに、ikiru氏は今や働きもせずあのような生活をしているのだ。それは、全くもって逆恨みでしかないであろう。しかし、彼はこの時には明確に、この世の不平等に強い憤りを感じていたのだ。