銘柄コード1006
「でも、どうやってたくさんある株の中からそういうの見つけるんですか?」
「新規上場って言って、その株が初めて株式市場に上場する日だったので、市場の注目度が高かったんですよ。だから監視してたんです」
100億男の喋り方は朴訥としていて、ボイスチェンジャーの影響があるとしても、あまり社交的なタイプには見えなかった。それは、彼にシンパシーを与えた。
「新規上場?なんだか難しそうだけど、なんか注目のイベントだったわけですね」
「そうですね。株やってる人はみんな注目するようなイベントだったんです」
「ずっと株を監視してるんですか?」
「見てますね。夜は世界の市場も見てますし」
「世界の?じゃあ寝る暇もないんだ」
「仕事してる時はあまり寝れませんでした。今は15分位」
「15分!?そんなの俺だったら死んじゃうよ。体力あるんですねえ」
ヤモリは驚きつつも笑い飛ばした。ikiruは慌てて訂正する。
「あ、いや、今してる仕事の時間の話です」
「え?今15分しか仕事してないの?他の時間は一体何をしてるんですか?」
「ネットで麻雀とかポーカーとか…」
スタジオからどっと笑いが起きる。ヤモリも苦笑しているようであった。彼はその笑いに少し怒りを覚える。お金があるのだら何をしていてもその人の勝手ではないか。母親は「いいねえ、たくさんお金があるからもう働く必要ないんだねえ」と羨ましそうにつぶやいた。彼も「そうだよね」と頷く。
「ところで、損した最大金額ってどれくらいなんですか?」
ヤモリは気を取り直そうと話題を変えた。質問された方にとってはかなり返答に躊躇しそうな内容であった。しかし、ikiru氏はこともなげに答える。
「5億ですかね。結構ショックで、気を紛らわせようと、ネットで『オッス!オラ損五億』って言って笑ってもらいました」
「ええっ!株の達人であるikiruさんでも、そんな失敗するんですね。どうして5億も損したんですか?」
スタジオでも反応が薄かった100億男の渾身のギャグには触れず、5億の損にヤモリはスポットを当てる。ikiru氏は怯まず答えた。
「ライブドアの株をたくさん買っていたんですけど、堀江社長が逮捕されて株価が下がってしまったんです。朝そのニュースを見て、ざっと損を頭のなかで計算して倒れました」
「それは倒れるね!5億あれば一生働かなくたっていいですから」
親子は同時にため息をついた。サラリーマンの平均生涯年収をも軽く超えてしまう、5億円もの損失をだして、今も平然としていられるこの男の境遇を心底羨ましく思った。また、彼の常識はずれなエピソードに、派手なリアクションをとっているヤモリも、年収で5億以上稼いでいてもおかしくない。二人はとんだ茶番を見せられているような気分になってきた。
彼らはあまりに不幸せすぎた。それなりに幸福に包まれていれば、スタジオの若い女性たちや多くの視聴者と同じように、エンターテイメントとしてこの番組を楽しめたかもしれない。けれども、この家族が置かれている状況がそれを許さなかった。テレビを見つめていると、沸々と嫉妬や憂鬱といった負の感情が沸き起こってきた。論理的にどうして負の感情が生み出されるのかまで説明できるわけではない。それでも、感覚的に二人は世の中の不平等を恨んでいたのだ。