銘柄コード1002
彼は来る日も来る日も高校時代に買ったノートパソコンでアニメを見て過ごした。以前のように、アニメのグッズを買うという積極的なヲタク活動をするほど体力はなかなか回復しなかった。ただただワンクールごとに夥しい量を供給するアニメ産業を虚ろな表情で消費した。気に入った作品は次回の放送があるまでに何十回も見た。完全に壊れたロボットのようであった。アニメを見ることと、ネットサーフィン(多くは3ch)が彼のすべてだった。精神科でもらった抗鬱薬は一時的な効果はあるが長続きはしない。たった4ヶ月の間に浴びせられた罵声が一日に何度も彼の脳内をリフレインすることで、彼の気分は地を這いずりまわるようであった。昼夜は逆転し、夜に両親と朝食を食べ、深夜に母親が作り置きしておいた夜食を昼食として食べ、朝食を夕食として両親と食べて寝た。両親は何も言わなかった。
高校時代の友人とは疎遠になっていた。彼らは噂を聞きつけ、やってくるわけではない。所詮、その程度の仲であった。小中の友人とは高校時代にとっくに縁が切れていた。携帯の番号もメールアドレスもわからない。母親は、彼が何をしているか世間話で聞かれた時は、「ちょっと都会の空気を知りたくなって家を出たの」と説明していた。怪訝な顔した人も少々いたようだが、深く聞かれることはなかった。皆、彼女の心情を慮ることしかできなかった。
それから約1年が経過していた。彼の生活リズムに相変わらず変化がないまま、とうとう20歳になっていた。それは、彼を苦悩させた。
「彼女ができるどころか職もないまま20歳になってしまった。学校に通っているわけでもない」
それが、彼の現状であった。夢も希望もない新成人の姿である。高校時代には決して想像もしなかった自らの姿だ。数カ月ぶりに鏡の前に立つと、髪とひげは長く伸び、まるで原始人のようであった。髪は引きこもり生活を初めて以来切っておらず、ひげは数カ月前に剃ったきりだった。そんな自分自身を見て、絶望しない人がいるだろうか。彼は自殺を決意した。状況が最早よくならないことを悟ってしまったのだ。
遺書を書こうと思ったが、特に書くべき内容が見つからなかった。ただ両親に申し訳なくて、「ごめんなさい」とだけ居間のファックスに差し込んであったA4のコピー用紙に黒マジックで大書した。自室の勉強机にそのコピー用紙を置き、首吊り用の紐を物色した。手頃なものはなかなか見つからなかったが、風呂場で見つけたバスタオルが良いかもしれないと思い、首に巻いてみた。自ら両手できゅっと絞めてみると苦しさが心地よく、そのまま天国へ行けるのではないかと思えた。自室のベッドの真上にあるスチール製の物干しざおにタオルの端を二重結びでしっかりと結びつけ、ベッドの上に直立不動のまま呼吸を整える。
「これで苦しみから開放される」
死に対する恐怖よりも、安堵感が彼を包み込んだ。躊躇すること無く、足をベッドの上から床へと運んだ。彼の体は宙に浮いた。