銘柄コード1016
仕事は、早朝2時30分から始まる。最初の作業は、折込みチラシを新聞に挟み込むことだ。慣れて来ると、脊髄反射のように頭で考えず、素早くこの作業をこなすことができる。これを1時間弱で入れ終えてから、自転車で新聞を配達しに行く。彼は、288件をも任されており、始めた頃は息を切らしながら、必死に自転車を漕いで、一軒一軒回っていた。初日から、配達後に自宅で何度も順路帳を見て、配達ルートと新聞の銘柄を復習した甲斐があって、二週間もすると不着も誤配も心配せずに、配達できるようになった。6時には配り終え、事務所に帰還して、借りていた自転車を返してその日の仕事を終える。給与は、休刊日などによって多少変動があるが、月に約10万円である。
彼は、黙々とこの仕事をこなした。毎日、2時きっかりに目を覚まし、朝食のトーストをかじりながら、インスタントコーヒーをブラックで飲む。セールで5000円を出して買ったジャージに、急いで着替えて、事務所へ向かった。帰ってくると、家事を手伝ったり、アニメやインターネットを見たりして過ごした。そして、夕食の後片付けが済むとすぐに就寝した。何があっても8時にはベッドに入ってぐっすり眠っていた。
判を押したように、毎日この生活を続けた。もはや新聞配達というルーティンワークを始めたというよりも、ルーティンライフを始めたというのが正しいかもしれない。休刊日でさえ、2時に起きて、配達ルートをジョギングしたのだ。毎月の給与は、2万円を母に渡し、1万円前後をお気に入りのインスタントコーヒーやお菓子を買うことに費やしたが、他には全く使わなかった。毎月7万円前後が、彼の銀行口座に預金されていった。
新聞配達を開始してから数ヶ月が経った。ある日、チラシの数も少なくいつもより早く折り込みが氏終了したため、新聞を読むことにした。この仕事は、空き時間に無料で新聞を読めることが、唯一の福利厚生と言っていい。一面には、日経平均が年初来安値を更新し、日本経済が不景気に喘いでいることが大きく報じられていた。
「株か。しばらく忘れていたな」と彼はぼそっとつぶやいた。
ここで暇があれば新聞を読む癖がついたため、自宅でも時折り読んではいたが、なるべく市況のページは開かないようにしていた。しかし、ニュースを読んでいれば、日本の景気があまり良くないことは、誰にでもわかった。山ごもりでもしていなければ、日本が不況の真っ只中にあることくらい、全く知らない人はいないであろう。
興味本位で、株式市況のページをめくると、どの銘柄も彼が以前見た水準より明らかに安くなっていた。ソニーの株価は3桁である。売買単位は100株なので、最低投資金額は10万円以下。大企業の株でさえ、彼でも買える水準になっているものがたくさんあった。彼は、直感した。
「あれ、もしかしてこれ安いんじゃないの?」




