銘柄コード1015
彼は、ショックで3日寝込んだ。食事もろくに喉を通らなかった。心配した両親がどうしたのか聞いてきたが、「なんでもない」と力なく答えることしかできなかった。せっかく取り戻した生活リズムもすっかり狂ってしまい、元の彼に逆戻りしてしまった。
成行売り注文を出していた彼の山火電気は、何日経っても約定しなかった。不祥事などで上場廃止を余儀なくされる会社と違い、倒産してしまった会社の株券の価値は0になるのが通例なので、買い手が現れないのも当然であった。
山火電気の板を見る度に、彼の気持ちは沈んでいった。お金を回収する見込みはほとんどないのだから、株価を見ないほうが精神衛生上良いのはわかっていても、見ずにはいられなかった。鬱々とした気持ちを抱えたまま、山火電気はそのまま上場廃止となり、彼の1万7000株は完全に回収不能となった。
しかし、山火が市場から消え去ると、彼は次第に株のことを忘れるようになった。生活リズムは少しずつ、早寝早起きへと変わっていった。両親は、山火が倒産したことを察していたので何も言わなかったが、彼が次第に立ち直り始めたことにほっとした。
ある日、彼は残金の1000円を証券口座から銀行口座へ入金した。そして、母親にそのお金を引き出し、そのお金で吉野家で牛丼を3つ買うように頼んだ。夕食は、牛丼並盛りと彼が作った豆腐とわかめの味噌汁となった。
「今日は、文雄の牛丼よ。文雄が自分の給料でごちそうしてくれるなんて初めてじゃない」と母は嬉しそうに言った。
「おう、じゃあ今日はごちそうになるか」と父も言う。
彼は、照れくさくて苦笑いするだけであった。牛丼は美味しかった。たった1000円で、家族が幸せになれるというのは、本当であった。株になんて手を出したのが間違いであったのだろうかと彼は思った。しかし、家に引きこもっていた彼にできそうなことは他になかった。守るべき家族もいて、仕事もあるヤホーの書き込みをしていた人とは、また違う状況であった。食後のお茶を飲みながら、「おいしかったね。またごちそうしてね」と言った母の言葉は、彼には重荷であった。
それから数日が経って、彼は午前4時30分頃にふと目を覚ます。喉が乾いて水を飲みに行くと、玄関からコトリという音が聞こえた。なんとなく玄関に赴くと、郵便受けに新聞が入っていた。
「これなら自分にもできるかもしれない」
普通の人なら、「なんだ新聞か」で済ませてしまうところだが、彼はそう思ったのだ。生活のリズムは、おじいちゃんのように朝型になっていた。新聞配達で大切なのは、時間通りに起きれることだけだと考えると、自分にもできそうに思えた。
「新聞配達やってみたいんだけど」
そういうと、朝食の卵かけごはんを口に運んでいた両親の手は止まった。父が、少し顔をほころばせて「そうか。実は、新聞配達屋は俺の小学校の同級生でな。頼んでみるか?」と彼に聞いた。
彼はちょっと遠慮がちに、「うん、お願いするよ」と答える。
「よし、その代わり、頑張るんだぞ」
「できるだけ頑張るよ」
彼は父の口利きで、首尾よく新聞配達の仕事を始められることになった。彼の社会復帰第一歩であった。




