銘柄コード1013
狂喜乱舞して、「やった!上がった!」と彼は叫んだ。たった一円とも思えるが、大いなる一円である。彼が買った株は俗に言う一桁銘柄なので、1円上がるだけで率にしてプラス14.29%の値上がりなのだ。一般的なイメージでは、株価は毎日乱高下しているものと考えられているかもしれないが、実際はそうそう動くものではない。値上がり率も値下がり率も10%もあれば、暴騰・暴落の部類である。山火電気はその日の値上がりランキング8位にランクインしていた。
売買手数料を抜きにして考えると、1万7000円の利益であった。たった12万円から1万7000円が生み出されたと考えれば、現代の錬金術は途轍もない怪物であると言っても過言では無いだろう。利率がほぼ0に近い銀行預金にしておくより、株を買う方が何百倍良いことか。今の彼には、株を買わずに預金なんてしている人は馬鹿に映った。世間の人は、なぜ株をやっていないのか不思議であった。
それ以降は、いつものように家事や筋トレをして過ごしたが、頬は常に緩んでいた。長い間、辛酸を舐め続けた彼がそんな表情をするのは久しぶりのことであった。
あまりに嬉しそうだったので、「なんかいいことあったの?」と母が聞くと、「買った株が値上がりしたんだよ」と自信満々に言った。
「そう、それは良かったね。でも、株は怖いから気をつけてね」と母は、なるべく微笑みを絶やさないようにしながら忠告した。彼は、軽く頷いて「うん。わかってるよ。でも、きっとこれは50円近くまで値上がりするんだよ」と嬉々として語った。
「そうなるといいんだけどね」
「2年後にはきっとそうなってるよ」
「そうだね2年もあればもしかしたら上がるかもしれないね」という母は、宝くじも2年も買い続ければ当たるかもしれないという気分であった。彼が、成功してくれるのは嬉しい。彼が、成功して自立し始めてくれるのは、彼の母にとっての成功でもあるからだ。
次の日も、山火電気の株価は上昇した。午前10時24分に、9円をつけたのだ。そして、終値も9円のままであった。この調子で株価が上昇すれば、半年くらいで50円になってもおかしくはないように思えた。彼は、利益確定の値段を50円とその日に決める。
そして、1か月後には、株価は15円になっていた。彼の資産はほぼ倍増し、25万5750円となっていた。その頃の彼は毎日が幸せであった。高校時代のように、アニメも積極的に見るようになり、3chで意見をお気に入りのアニメについて書き込んでいた。筋トレの量も一日300回ずつになっており、うっすらと腹筋の線が表れ始めた。日々に充実を感じ、抗鬱薬は飲む必要がなくなり、通院もしなくてすむようになった。
2ヶ月後、彼の山火電気は倒産した。




