銘柄コード1010
彼は、手持ち資金で買うことができる銘柄を探さなければならなかった。売買単位があることで、トヨタやNTTといった誰もが知る有名企業の最低投資金額は、基本的に高いことがわかった。経済のことなど今まで考えたことのない、彼でも知っている範囲の企業は、軒並み手が届かない水準にある。2011年は、リーマン・ショックの余波で全体的に株価が低迷しており、有名企業でも業績の悪化や流動性の向上(売買を活発にさせること)という名目で売買単位が変更され、最低投資金額が引き下げられたものがあった。しかし、彼の興味を惹ける華々しい企業はあまり無かったといえよう。最低投資金額が少なくて済むまともな企業は、主に銀行や証券会社であった。また、初心者で業績が悪化し、将来が不安視されている企業に果敢に飛び込める者は少ない。任天堂のように夢がある(実際は業績低迷が続くのだけれども)とは、おせじにも言えない銘柄を買う気にはなれないものである。
とりあえず、朝刊を読むことにした。普段、新聞はテレビ欄くらいしか読まないが、株式欄があることは知っていた。新聞の株式欄には、全上場企業の株価が掲載されている。数字の羅列で悪酔いしそうなあのページである。その数3000社以上。すべてをチェックするのはとても骨が折れる仕事である。どの新聞社でも載っているデータはほぼ同じで、銘柄名・始値・終値・安値・高値・出来高が掲載されている。ほぼ文字通りの意味であり、始値はその日の最初の価格。終値は最後につけた価格。安値と高値は、その日の最安値と最高値。出来高は朝9時から15時までマーケットが開かれている間に売買された株の数量を指す。どれも投資家にとって必須な最も基礎的なデータである。
「いつ全部上場するんだろう?」と思いながら、彼は東証一部の欄から読み進めていく。市場には区分というものがあり、東証には東証一部・東証二部・マザーズ・ジャスダックという4つの区分がある。(当時、大証と東証は統合前であるためジャスダックは大証の区分の一つである。取引所には札証と名証もあるが非常に規模が小さいので割愛する)東証一部は、最もブランド的価値が高く、一流企業は皆この東証一部に区分される。この仲間に入るために、どの企業も皆血眼になって、上場基準を満たそうとあの手この手を張り巡らせるものだ。このブランド力は非常に強く、東証一部というだけで世間の信用度が上がるため、区分された企業は自らが東証一部上場企業であることをこぞって自慢する。東証二部は、一部の上場基準に満たない企業群である。大手ではないが、古くからある老舗企業が多い傾向にある。一部上場を目指して成長中の企業もここに上場していることが多い。ジャスダックやマザーズは新興市場と呼ばれ、主に新興企業が上場している。新興企業とは、新しく設立され、急成長中の会社のことである。いわゆるベンチャー企業と呼ばれる企業群だ。例えば、ベンチャー企業として有名な堀江貴文氏のライブドアは、マザーズに上場していた。また、日本のネット通販大手である楽天はジャスダックに上場し、2013年12月に東証一部へ市場変更している。新興企業の多くは、ここから東証一部を目指していくのだ。
彼は、東証一部をざっと眺めてみたが、彼が知る東証一部の銘柄は、彼には買えないということを再確認するだけであった。東証二部も眺めたが、ほとんど知らない会社ばかりである。しかし、東証一部の知らない企業のなかに、信じられないほど安い価格がついている企業があった。山火電機という銘柄である。前日の終値はわずか7円であった。




