中学生西川の五
「ちょっと体育着嗅がせろよ」
「西川...お前...」
高山は暫く困惑した表情で固まり、急に晴れやかな顔になったかと思うと鼻から短く息を漏らし「それでも俺達は友達だから」と言いながらくしゃくしゃになった体育着を渡してきた。
高山の微妙な反応から察するに、恐らく"臭いフェチ"とかいうアニメや漫画で定番の背筋も凍る程寒い勘違いをされているのだろうが、それを突っ込むとクラスの端っこに位置している状態とはいえ、あらぬ勘違いが少なからず広まりそうなので俺は黙って"それ"を受け取った。
「っ!?」
言葉も出ない程の臭いは確実に俺の嗅覚を壊した。
高山は何時も大袈裟だからどうせそこまで臭くない。そう思って恐れずに息をするように臭いを嗅いだ何秒か前の俺に、某ネコ型ロボットに泣き付いて、歴史を変えてでも伝えたい。そのくらい臭い。凶悪だった。
こんな臭いが俺の鼻を直撃するだけで終わってくれるはずも無く、クラスメートの「何か臭くない?」という一言から「確かに」と続いてざわざわし始めた事から察するに、やはり"凶悪なそれ"はクラス全体に広がっていた。
「あああああ!なんてことだ!これで俺は退学か!?」
急のざわつきに高山も流石に何が原因であるか分かったようで、いつものように頭を抱えての見事なオーバーリアクションをここぞとばかりに披露している。
「お前だろ高山!くせぇよ!」
思わぬ人からの叱咤が飛んできた。まさかの高崎だ。
ざわめきに紛れてでは無く俺達の席まで来ての叱咤に俺は少々ビビッていた。
「すまん!嗅覚が壊れた慰謝料は一万円くらいか...」
「俺の嗅覚安くないかな!?まぁいいや。くせぇからほれ、ファボリーズ」
何故最初叫んできたんだよ。というのは野暮な突っ込みだろうか。
以外にも高崎は友好的に、いや単純に教室に充満する臭いに耐えられなかったのか、ファボリーズを渡してきた。
なんでそんなものを持っているのかというのは大体察しがついていて、高崎は剣道部である。髪をツンツンに立てて異性の目を引こうとする彼にとって臭いも気を使うべきポイントの一つなのだろう。
「ありがとう!助かった!これから俺達は山崎コンビだ」
「山崎...?」
「同じ高の字を持つ物同士、たまには下を見てあげよう。と言う事で下の文字を...」
その後の高山らしい阿呆な謎理論と高崎の見事な困惑ぶりは不毛過ぎるので省くとして、これを機に俺達は高崎と彼が属すグループとそこそこの関係を築く。どうやら少し前から俺達のやり取りを聞いて、友達になりたいと思っていたようだ。
芋づる式に大体のクラスメートと親密とまではいかないまでも友人としての交流を持っていき、心配していた"友達作り"は結局杞憂だった。
内心恥ずかしくて言えないが、ここまでクラスに溶け込めるようになったのは高山の力が大きい。
この頃から俺の中での高山は友達から親友へと変わった。