刑事コンビの活躍~特別出演・嵯峨龍
「ムラさん。あの少年ですか? 」
助手席に座る若い男は運転席に座るくたびれた中年の男性に聞いた。
「ああ、間違いない。あいつはいつもこんな早くに家を出る。」
「見た感じ、ただのジョギングじゃないんですかね。」
今は早朝、時計は五時を示している。季節は秋に差し掛かり、まだ暗い時間だ。『ぶろろろっ』と新聞配達の兄ちゃんが通り過ぎて行く。
「いいか、宮島。この地図が連続窃盗犯の犯行地点だ。やつのジョギングルート上か、ごく近い。」
そう言うとムラさんと呼ばれる中年の男性は宮島と言う若い男に手製の地図を広げて見せた。
『ふう……。』宮島はムラさんに気取られぬようため息をついた。それは地図とはいえない代物だったのだ。曲がりくねった線が何本か描かれ、所々に星印がある。
ムラさんこと村山はベテラン刑事だ。宮島は若手の刑事で、二人はコンビを組んでいる。二人は三日前からここで張り込みをしている。連続窃盗犯…… というと重々しいが『下着泥棒』の被害がこの近くで頻発しているのだった。
「おい、煙草は? さっき頼んだろ? 早く寄こせ! 」
ムラさんはイライラしていた。ニコチンを体が欲しがっているのだ。
「あ、これどうぞ。」
宮島は四角い長方形の物を手渡した。
「そう、これこれ。ここにこの細いストローを刺してチューっと飲むんだよなって、おい! これは豆乳だろ! 俺が頼んだのは『た・ば・こ』だ! 」
「ムラさんって乗り突っ込み下手ですよねえ。」
「う、うるせえ! 」
ムラさんは照れと怒りとニコチン切れで顔を赤くしているが、宮島には暗くて分からない。
『龍、またあのオヤジどもいるぜ。』
「うん、何だろうね。僕を見張っているように感じるけどね。」
『ちょっと脅かしてやるか? 』
「やめとけよ、勇次郎。」
《今日は何か変なことに巻き込まれるわよ。気を付けるような事じゃないけどね。》
「なんだい、礼子。変な事って? 」
《なんか、犯罪に巻き込まれそうな感じなのよね~》
少年は走りながら守護霊たちと話をしていた。龍には守護霊が四人いる。勇次郎も礼子もその守護霊の一員だ。なぜ少年が守護霊と話ができるのかは別の話だ。
龍はいつも通りジョギングを続けた。
「で、追いかけなくていいんですか? あの少年を。」
宮島が豆乳を上手そうに飲みながらムラさんに聞いた。
「お、そうだった。あいつのジョギングルートは調べてある。先回りしよう。」
そう言うとムラさんは車を走らせた。
少年は公園にいた。公園で蹴りを出したり突きを出したり、何やら格闘技の真似事をしている。ずいぶんと熱心に見えるが、頭の中は『下着』のことで一杯のはずだと村山は思っていた。囮の下着を何軒かの人家に依頼しぶら下げてもらっていた。
今、その下着が無くなっていないか宮島に調べさせている。
『ぶろろろっ』 先程の新聞配達の兄ちゃんが通る。村山はその兄ちゃんを呼びとめ新聞を買った。百三十円の新聞を買い「釣りは取っておけ。」と言う。満足そうな村山だ。
「なんだい。釣りったって二百円寄こしただけじゃんか。」
何やら兄ちゃんは呟いたが、村山は聞こえなかったらしい。そこに宮島が帰って来た。
「あの落書きじゃ分かりづらかったんですけど、少なくとも二件は下着がなかったですよ。」
「落書き? 地図だ! よし。確保するぞ。」
村山は宮島を従えて少年に迫って行った。
「こら! 窃盗犯! 逮捕する! 」
村山は叫んだ。『がしゃっ』と音がした。少年の横で、先程の新聞配達の兄ちゃんがこけている。
「なんだ、まだいたのか。驚かしたか? 悪かったな。」
「いいえ、すいませんでした。でき心で……。」
兄ちゃんはポケットから下着を二枚引き出した。
「あ、あれ!? お前が窃盗犯!? 」
宮島が驚きの声を上げた。少年は何事かと不思議そうな眼でこちらを見ている。村山は明らかに少年に向けて声を上げたのだから。
「僕も疑われているの?」
少年が尋ねる。
「いや、物騒だから気をつけろと言いたかっただけだ。一応、逮捕の現場に居合わせたんだ、名前を聞いておこうか。」
「嵯峨龍だよ。」
「そうか。気を付けてな。」
村山と宮島は実に久しぶりにホシを挙げた。意気揚々と帰って行ったのだった。
「礼子。何か変な事が起きるってこの事かい? 」
《そうね。変な事でしょ? 》
「確かにね。あの刑事? 二・三日前からうろちょろしてたからね。」
次の日、地方紙の片隅に連続『男性』下着泥棒の逮捕の記事が載っていた。
END