1.はたしてそれは幻覚でしょうか
「それを傷つけるなんて、とんでもない!」
そう叫びながら、少女はチョップした。
俺は頬に近づけた剃刀を叩き落とされ、突如現れた少女に驚く。
「え、え?」
少女は銀色の髪をなびかせ、俺そっくりの顔で怒りを露わにしていた。
長い髪を幻想的に宙へ広げ、大量のフリルのついた豪奢な純白のドレスをひらひらと舞わせ、そのしなやかで美しい両足を浮かせ、――そう、少女は浮いていた。
俺は突如のチョップもさることながら、その全てに驚く。
俺が自らの顔を切り裂こうとしたとき、何もないところからゴスロリの外国人少女が現れ、チョップをしてきて、終いにはふわふわと浮いているのだ。
驚くのも無理はないと思う。
「私そっくりの顔で何してるのよ! 痛いわっ、見てる私が痛いわ!!」
そう言って、少女はオーバーリアクションで二本指を自分の額にあてて嘆く。
少女は「私そっくりの顔」と言った。そうだ、少女は俺と瓜二つなのだ。
俺と同じように、目が大きくて、鼻が高くて、小さなぷっくりとした形の口をしている。
毎朝、鏡で見る人形のように整いすぎた顔が目の前にある。
ただし、銀色のツインテールに純白のゴスロリ衣装だ。俺の中の男の尊厳が、すごい勢いで削れていく。
「な、ななな、なんだこれ!」
「なんだこれ? それは私の名前を聞いているのかしら?」
俺そっくりの少女は髪をふわっと広げて聞き返す。
俺は頷く。
幻覚症状末期でも見ないであろう、この正体不明の存在が何なのか、早急に知りたかった。
「――私こそっ、七つの海を侵略し、七つの大陸を支配し、七つの種族をぶちのめし、二つの星を滅ぼした英雄の中の英雄! フィンフィラード王国の勇者にて姫! 姫で、そして――、う、うーん、上手い文句が思いつかないわねぇ……。とにかくっ、天上天下に唯一女神なクラウ・フィンフィラード様よ!」
クラウ・フィンフィラードは自己紹介の間に、髪を三度ほど手でなびかせ、決めポーズを二回ほど決めて、優雅に舞いながら俺に指を突きつけた。
ちなみに、ずっと浮いている。
ちなみに、俺そっくりだ。もう、色々と削れて苦しい。
「は、はあ、それでフィンフィラードさんは、なぜ――」
「――クラウと呼び捨ていいわ! あなたと私の仲だからね!」
いや、どんな仲だよ……。
どんな仲でもねえよ……。
「はあ、それでクラウは……、一体何者なんですか?」
「『幽霊』ね! 今度はこっちの質問よ。なぜ、あんたは自分の顔を傷つけようとしていたの!?」
「はぁ、『幽霊』!? 『幽霊』って――」
「せいっ」
「――っぐぁ!」
俺が幽霊と聞いて声をあげると同時に、クラウは見事な後ろ回し蹴りを放った。
それは俺の下腹部に直撃し、狭い洗面所の中を転げまわるハメになった。
「今度はそっちが答える番でしょ!?」
クラウは俺を見下ろしながら、問答の順番の是非を問う。
いや、でも、蹴るなよ。幽霊ちゃうんかい、おまえ……。
腹を押さえ痛みに耐えながら、俺は仕方がなく答える。
「き、傷つけようとしたのは、この顔が憎いからだ……。
さあ答えたぞ、次は俺の質問だ……。『幽霊』なんて嘘をつくな、嘘をっ。
それとも、最近の幽霊は蹴りを入れるのが流行りなのか、このボケェ……」
「そうね、私が蹴りを入れた以上、流行るかもね!
だって、私は流行の最先端をいく幽霊だものっ、致し方なしね! はい、次、私――!」
「――まてボケェ! おまえ、まじで幽霊なのか!?」
「同じ事を何度も言わさないで、幽霊よ、ほら、ほらほら」
そう言って、クラウは台所にある壁や扉を何度もすりぬける。
ついでに、鏡には映っていないことも確認できてしまう。
幽霊という言葉をそのまま信じはしないが、それに近い何かであることをは確かのようだ。
「わ、わかった。幽霊、幽霊だな。面倒だから、おまえを幽霊とする」
「わかってくれて嬉しいわ。けど、その言葉遣いは頂けないわね。可憐じゃないわ、もっと可愛らしく喋られないの? 私そっくりの美少女なのに」
「うるさい黙れ、このブス」
俺はコンプレックスに触れられ、頭に血が上る。
慣れてはいるものの、こうも無礼な女が相手だとこちらも言葉を選ぼうと思わなかった。
とっさに悪口雑言で返してしまう。
「ブ、ブス!? この私をっ、まさか、超絶美少女であるこの私をっ、ブス!?」
「俺は男だ! その男そっくりのおまえは、美少女とは違うんじゃねえのか!? 男と似たような
もんだなんて、ブス以外にありえねえだろ!」
「は、はあ? あんたが男ぉ? そんなわけないじゃない。こっちは私の『半身』を探す召還陣で、ここまで飛んできたんだから。性別を違うわけなんかないわ!」
クラウはよくわからないファンタジックな言葉を使って抵抗してくる。
正直なところ、修正するのも面倒くさい。初見のやつに俺を男と信じさせるのは、いつも一日以上ほどかかる。こいつにそんな時間を浪費するのは、なんだか腹立たしい。
「あー、はいはい、もうどうでもいいや。おまえみたいな馬鹿を納得させるほど、俺は暇じゃねえんだよ」
「暇じゃない? 剃刀で自分を傷つけるのに忙しいわけ? さっき憎いって言っていたけど、あんたは自分を男だと思い込んでいるから、そのプリチーな顔が憎いわけ?」
どうやら、クラウは俺を女として信じて疑わないようだ。
「ま、そんなところだ……」
正直なところ、それどころの話ではない。
俺は今日――。
「この馬鹿っ!」
「――ぐぁっああ!」
クラウの腰の入ったボディーブローが俺の脇腹に突き刺さる。
なぜか、壁はすりぬけても俺の身体はすりぬけないようだ。理不尽すぎる。
「可愛い子は可愛いだけで世の宝よ! たとえ、本人がそれを望まなかったとしても、絶対にそんなことしちゃ絶対に駄目! したらぶちのめすわよ! 主に私の眼福のために!」
「もうぶちのめしてるじゃねえか、ボケェ……」
俺は床を這いながら、クラウに悪態をつく。
しかし、クラウの言葉はどこか懐かしかった。
俺そっくりの顔で、俺の顔について諭す姿は、かつての母を思い出させる。世界一素晴らしい母は決して暴力は振るわないし銀髪でもない。だが、どこか母に近い精神をクラウは持っているのだ。
「さて、いい感じにあんたが死にかけているところで、本題があるわ」
「ほ、本題ぃ?」
「あんた、ちょっと私の世界に来なさい」
「嫌だ」
俺は即答した。
それと同時に、身構える。
「せいっ」
「――ぐぁ!」
しかし、クラウの抜き手は俺の防御をすり抜けて鳩尾を貫いた。
抜き手を払おうと思った瞬間には、肺の息が全て吐き出されていた。
「ちょっとくらい考えなさいよ。あんた、家族いないんでしょ? 別にこっち来てもいいじゃない」
クラウはぷんぷんと擬音を口しながら怒っている。
いや、怒りたいのはこっちだ。
「家族がいないだと……、なんでおまえにそれがわかる……」
俺には保護者と言う名目の叔父がいる。そいつを家族とカウントしていないのは、俺の内情を知っていないと言えない台詞だ。
「だって、『天涯孤独で死にかけの私』という条件で探しにきたんだもの。ここに出たってことは、あんたは天涯孤独で死にかけているってこと。で、思ったよりも元気だから、さっきからじりじりダメージ与えているわけよ」
「いや、与えんなや。死にかけるまでやる気か」
「ふっ、必要とあらば手段を選ばないのが私の自慢」
クラウは二ヒルに笑ってあごに手をあてる。
短い交流だが確信がある。間違いなくこいつは、必要なくとも手段を選ばないタイプだ。
「しかし、死にかけ、ね……」
俺は床に落ちた剃刀に目を向ける。
クラウの言っていることに間違いは一つもない。
俺は天涯孤独で、ついさっき、顔を切り刻んでから喉を掻っ切ろうとしていた。
「死にかけのやつを、ささっと拉致ろうと思ったら、ぴんぴんしてるんだもん。それも、なぜか顔面を裂こうとしていたし。私の予定を返せ!」
「あー、悪いな。顔面潰してから自殺したかったんだよ」
俺は自殺しようとしてたことを思い出し、テンションが下がっていく。そして、それと同時に、クラウへの怒りも収まる。もうどうでもいいのだ。
何もかも、もうどうでもいい。
「じ、自殺……?」
「ああ、自殺」
「へ、まじで?」
「本気だ。なんなら、今からやってみせようか?」
そう言って俺は剃刀を拾う。
するとクラウは、今までのふざけた様子が消え、真剣な表情となる。
どうやら、俺の言っていることを信じてもらえたようだ。
「あんた、自殺しようとしてたのね……。はぁ……」
「自殺寸前のことろで幻覚まで見えてるからな。とうとう脳がいかれたかと疑っている最中だ」
俺は剃刀の刃先を指で撫でながら、自分の頭が狂っていることを笑う。
「ほんと、私ね。あんた……」
そう言ってクラウはゆっくりと俺のほうへと近づいてくる。
ふわふわと浮いた状態で気持ちが悪い。けれど、俺はそれから逃げようとは思わなかった。
「なんだよ?」
「もう強制。どうせ自殺するなら、こっちの世界で死になさい。あんたのろくでもない命で助けて欲しい子がいるのよ」
クラウは俺と手を重ねる。
すると、手は混じり合い、クラウは俺の中へと入り込んでくる。
「うわっ、こわっ。やめろボケェ!」
生理的嫌悪から俺はクラウから離れようとする。しかし、それ以上の速さでクラウはまわりこみ、次は背中から入り込もうとしている。
「抵抗するな――っ! ちょっと黙ってなさい!」
「――っぐぁ!」
クラウの言葉と同時に、下腹部へ衝撃が突き抜ける。外部からの物理的な攻撃ではない。
こいつ、内部から殴りやがった……。
そのかつてない痛みで視界に火花が散る。そして、呼吸が遠ざかっていく感覚と共に、意識が反転していく。色づいた世界が、白黒の世界に変わっていき、白の領域がオセロのように黒に染まっていく。
完全なる黒の世界に落ちて、俺の意識が遠ざかっていく。
最後に、俺の身体を引きずっているクラウの声が聞こえてくる。
「どいつもこいつもっ、不幸そうな顔してやがるから、もう――」
それは荒々しく、口汚いが、どこか安心感を抱かせる声だった。
まるで、いつかの母の声のような錯覚。
口は汚いが、その方向性は似ている。
クラウは確かに、母と似た精神に宿している。
根本には慈愛があると。そう思わせる何かを感じ取った。
遠ざかる意識の中、俺は懐かしき記憶を思い出していく。
とても遠い記憶を……。
迷宮シリーズのほうを色々と改造してたら、「小説家になろう」の色んなシステムを見つけたので試そうと思います。行間とか、リンクとか。他にも文体とか。
この話は例の書き溜めしていたやつですね。
明るい話にします。色々と暗いのが多かったので。
主人公が変人で、一人称の主人公として間違ってるかもしれません。ただ、真っ赤になった顔を背けながら「こんなの似合わねえよ、ボケェ……」って照れ隠しするフリフリドレスを着た銀髪の女装男の娘を書きたくなったのです。後悔はしてる。
色々と批判してあげてください。喜びます。




