第2話 メッセージ
2016年10月14日金曜日、午後6時30分。
「またっ……組のモンがやられたんだぞッ!!!! なんでやり返さねェんだ!? あァ!?」
「…………。」
東京の住宅街にある、この古くから続いているような和風な家。ともすれば剣術道場なんかと間違われるくらいに簡素だが風情ある家。
一階建ての代わりに、敷地は広く災害時は避難所としても使えそうなくらいだ。
そんな家でとある親子が喧嘩をしていた。
「何とか言えやァ……クソジジイッ!!」 2mはゆうにあるだろうという男が、若白髪で真っ白に髪を染めた50歳前くらいの家の長の胸倉を掴む。
「……やり返したらいけねぇ……勅使河原組の為に死んだ吾代が浮かばれねぇだろがい」
勅使河原組。それがそこに住む集団の名前だ。
勅使河原組と言えば、昭和最強と謳われたヤクザ組で、当時であれば泣く子も黙るほどの権威をもっていた。
ただ今は、5代目頭にこの初老の若白髪・勅使河原御影が就任してからというもの組はアジアンマフィアやイタリアンマフィアに駆逐されかつての栄光は地に堕ちてしまっていた。
「やり返してこそ弔いだろーがよッ!!テメェのはそりゃ“穏健”じゃねェ、“臆病”っつーんだよ!!」
「…………。」
頭である御調に盾突き、胸倉を掴んでいるのは若頭である勅使河原影虎。
穏健派の御調に相対し彼は過激派。
仲間が殺されて黙っているはずがない。 ただ冷静に考えれば、規模的に勝てるはずの無い戦いだ。勅使河原組の組員がやられた今回の事件は恐らくチャイニーズマフィアの下についた興賢組の仕業だ。いや確実といってもいい。
気味が悪いほど証拠が明確なのだから。
もし抗争を仕掛けて勝ったとしたらバックには大きなチャイニーズマフィアが構えている。
勅使河原組最強と謳われる一騎当千の影虎だとしても、もしかしたら本当に1000人くらい相手取らくてはいけなくなるかもしれない。
邪魔な勅使河原組を消したいであろうチャイニーズマフィアの、これは餌だ。
この挑発に乗り、攻撃をしたならチャイニーズマフィアに勅使河原組を潰す口実を与えてしまう。
穏健派の御影はここは乗ってはならない流れだという結論に至ったのだ。
まさか、自分の死が組の破滅に繋がるなんて死んだ吾代も浮かばれないという考えだった。
「…………まただんまりかよ。……どォしても行かねェっつーんなら俺が一人で行く」
「やめねぇか!!……お前がいくら強ぇからって一人で何が出来るんだ!?」
胸倉を放し、行こうとする影虎を止めようとする5代頭、御影。
「一人じゃねぇですよ……頭。私ァ若に付いてきます。頭に若のお守りを任されてるんでね」
「龍っ……お前まで……」
影虎の側に付いたのは龍谷政司という50歳くらいの年期の入ったオヤジだった。
普段は飄々とした面構えの彼だが、頭が一目も二目も置く、芯はちゃんとした男である。
勅使河原組最強の2駒が血の気だっているのを見て、頭もたじたじとしている。
「どぉしても行くってんなら、お前らはもう破門だ。……筋を通さなきゃなんねぇからな」
もしも興賢組を潰しにかかったのが勅使河原組のモンだとばれたら、チャイニーズマフィアが黙ってはいない。
それを防ぐ為に、襲撃をするという二人を事前に破門し名を名簿から抹殺する必要があった。
「……行ってくる」
頭の事なんか振り返りも見ないで影虎は出て行ってしまう。
「…………助かります……頭」
龍谷は頭に一礼し、先に部屋から出ていった影虎を追おうとする。
しかし、そんな龍谷を頭は止めた。
ただ一言だけを伝える為に。
「…………影虎を……息子を……頼む」
「命に代えても……お守りいたします」
改めてそう一言いって龍谷は影虎を追った。
時を同じくして、都内のとある病院では二人の幼い兄妹がベッドで横になっていた。
「お兄ちゃん……何を見てるの??」
「…………」
頭に包帯を巻いた兄は、妹の声が聞こえないのか微塵も反応しない。
「…………私たちどうなっちゃったの? パパは?……ママは??」
「…………あんな奴ら、知らない」
ベッドに横たわり、窓の外を死んだように眺めている兄。
「……ぅうぇぇぇ……」
自分のベッドのシーツに顔を埋め、泣き伏せる妹も、頭に包帯を巻いていた。
「……な、泣くな。……お兄ちゃんがお前を一人にしないから」
妹の泣き声で正気を取り戻したのか、まだ9歳だったというのに悟った目をやめ、力強い目で妹を宥める。
一ヶ月前ほどに、急患として緊急搬送されてきたこの兄妹は、突然父親と母親の暴力によって頭を大怪我していた。
頭蓋骨の破片が脳に刺さり脳の一部の細胞が死滅。
二人とも少し前の医学ではもう匙を投げられていた。
ただこの病院。この大学院病院はとある手段でもって彼らの命をつなぎ止めた。
“Dcsc治療”だ。
Differ・Construction・System・Cell……通称Dcs細胞と呼ばれる万能細胞を損傷部位に移植する治療で、免疫による拒絶反応は一切なく、個人差もあるが埋め込めばこの程度の脳細胞の致命傷は修復可能だった。
現にこの兄妹は、数年前なら助かっても脳死といった瀕死の大怪我を負ってなお生きることが出来たのだ。
「あんな奴ら、忘れるんだ。……これからは二人で生きていこう」
「……う…ん」
兄も涙を我慢していることを理解したのか妹は目を見開いて涙がこぼれるのを我慢していた。
電気も付けず、二人暗い病室の中、抱き合って涙を拭いあった。
時間は少し遡り同日6時。
相良中学校から、都内の自宅マンションへと帰宅したシュウ。
都内と言うだけでかなり地価は高く、高級マンションの部類に入るこのマンションに父も母もいない藤崎修弥が暮らしていけるのは金にはおよそ困らないくらいの父の多大な遺産と、ある人からの援助があったからだ。
お隣さんである相生愛も、母佳奈子が研究で稼いだお金があるからこのマンションに住めていた。
学校、ファミレス、デパート、駅、コンビニ等が徒歩5分以内にあり交通の便も良く、辺りは夜でも人工の光りに照らされ続ける。
夜の外出だって他より危なくないし、学校へ徒歩5分という立地条件は学生であれば魅力的だ。
15階立てのマンションで広い割に1フロア4軒分しかない。
だからこそ1室が広くなっているのだが。
一人暮らしで広い部屋は寂しい気もするがシュウは全くそう思わないらしい。
むしろ一人で居ることが好きな彼にとってこの部屋は至福の空間なのだろう。
だとしたら……
「シュウ〜〜宿題教えて〜」
この訪問者はシュウにとって邪魔者以外の何者でもないだろう。
「……イオ、お前……他人んちに勝手に入ってくるなっ!!」
シュウが怒るのも無理はない。
普通に考えたら相生のこの行為は不法侵入に値するのだから。
「冷たいこと言うなよ〜!いつものことじゃん!!」
「いつものことだが……タイミングが悪い!!…………俺は今着替え中だ!」
ワイシャツを脱ぎさり、上半身は裸。
かろうじて下はトランクスを身につけているだけのシュウ。
「……そりゃ、見れば解るけど……」
「解るなら、悲鳴でも上げて出て行け痴女」
あられもないシュウの半裸を見ながら、ケロっとしている相生は、そんなことで『キャーえっち!』だなんて叫ぶ女の子じゃない。
寧ろ『この間まで一緒に風呂入ってた仲なんだし別にいいじゃん』とか言う持論の持ち主なわけだ。
「私だって似たよーなカッコだしぃ、いいじゃん!」
そういう彼女はパンツ一枚に薄いブラウスだけというラフ過ぎる格好をしていた。
多分ブラジャーすらしていない。
するほど胸が大きい訳でもない。
「だから痴女だって言ってんだよ!!」
「えへへ〜痴女で結構〜」
とかいいながらグイグイ部屋に押し進んでくる。
勝手にベッドの上に座り込む相生に呆れ顔をし、シャワーを浴びる予定を繰り越し仕方なく部屋着に着替えるシュウ。
「……宿題教えたら帰れよ?変態」
「またまたぁ〜こーいうのが趣味な癖にぃ〜。変態さんはどっちかなぁ」
「……え?」
上着を来ていたりして、視界が不自由になった一瞬だった。
彼女はその一瞬でシュウの制服のポケットから新型スマフォを取り出し、勝手にパスワードを解き、隠しフォルダーをタップ、更に隠しフォルダーにかけられていたパスワードを解き、シュウの秘蔵エロ画像を閲覧していた。
「な……あっ!!!お前なにやってんだッ!!!!」
「裸ワイシャツがトレンドなんでしょ〜」
なんて猫をおだてるような声で相生はシュウに、シュウがひそかにハマっていた『裸ワイシャツ(二次、三次混合)画像ファイル』の中身を見せつける。
シュウは顔を真っ赤に赤らめて、必死にスマフォを相生の魔の手から取り返そうと奮闘するが、さすが元剣道の天才。なかなか簡単に取り返させてはくれない。
「おまっ……ふざけんなっ!返せっ……よッ!!」
「きゃっ……!」
「うわぁっ!」
無理な体制で腕を延ばしたからか、スマフォは取り返せたものの相生をベッドに押し倒してしまう。
ほぼ外見上は裸ワイシャツに近い相生の手首を掴み、ベッドに押し付ける“裸ワイシャツ”愛好家のシュウ。
この図からはもはやどちらが変態か本当にわからない。
「大丈夫……か?」
実は初めに相生のブラウスにパンツだけの姿を見た時に若干、心が揺らいでいたシュウは間近で見るとブラウスのボタンが上から2つほど外されていて胸元が見えるようになっていることに気づき、少し視線がもっていかれてしまっていた。
その視線に気付たのか、相生はさっきまでの威勢をわすれ、慌て赤面する。
「ちょっ……は、はやくどいてよ!!」
なんてさっきまでの相生からは想像できない口調で想像できない台詞をはく。
『♪♪♪♪♪♪……』
そんなそういうタイプの漫画のちょっとえっちなシーンに突入しかけていた二人の間にスマフォの着信音が割って入る。
「…………これって……あれっ……!?」
相生の裸ワイシャツもどきの姿に見とれていた脳内に入った音のおかげで、シュウは普段の冷静な表情に戻る。
すぐに相生の上から退くと、スマフォに届いたメールの開く。
「……。……だれからのメール??」
不機嫌そうに、さっきの押し倒された衝撃で乱れたロングの黒髪を手で調えながら尋ねる。
「…………嘘だろ?……まさか、親父!?」
ケイタイ電話の着信音は送り主によって変更することが出来る。
そしてシュウは何の形見も残してくれなかった父と母のアドレスを形見代わりに登録しており、その着信音は……“翼を下さい”……先程、流れた着信音だ。
「……えっ……それ、どういう……!?」
「……親父からだ……。」
やはりメールを開いてみるとそこには『藤崎修弥』という差出人名が表示されていた。
「……そ、そんなことって……だってシュウのお父さんは……」
「……ああ、だから。……これは誰かの悪戯だ……」
「なっ……なんでそんな風に思うのよ!」
そこで『死んだ父親からのメッセージ』とか『実は父親が生きている』とか……そういう希望のある解釈をしないシュウに、彼女は驚く。
「だってそうだろ!?……今日は親父の命日なんだ。…………誰かがそれを知ってて、親父のメールアドレスで送ったに違いない。…………中身もほら……」
そう言って、メールの中身を相生に見せつけた。
「なに……これ。…………読めない」
「“文字化け”だよ」
「もじばけ……?」
初め聞く言葉なのか、インターネットやコンピュータ関連には疎い相生は首を傾げる。
「こういった風に、文字が正しく表示されないことをいうんだ」
メールの中身を相生に再度良く見せるが、多分相生の頭は事態以上のことは理解できない。
「文字化けはプログラムのミスで起きることもあるんだけと、大低は入力とエンコードで別々の文字コードを使ってしまうことで起きるんだ。」
相生は大人しく、シュウの話を聞いてるがそれは頭はギブアップしているサインだ。
「……日本入力には主に3種類の文字コードがあるんだが、この文字列はどのコードを使っても解読できなかった」
「……それで解読できないって、どういうことなの?」
「そうしたら、さっきも言ったけど機械のミスってことになる。……けど、機械のミスで文字化けする確率はそんなに高くない。…………このメールに限って文字化けするってことは“誰かが意図的に解読できない文字コードで送った”って確率の方が高い」
たかが確率の話しだが、確かにこんな重要なメールだけが文字化けしてしまうなんていう事実から、悪戯だと思いたくなる気持ちもわかる。
「……でも、読めない悪戯メールを送って誰も損も得もしないじゃん!……そんな悪戯する意味ないよ?」
「……俺に変な希望を持たせるためとかじゃないのか?…………それでも、親父からメールがくるなんてありえないんだ!……誰か親父のメールアドレスを知ってる他人がメールを送ったとしか考えられない!」
そう少々ヒステリックに叫びながらベッドにスマフォを投げ捨てる。
頑なにでも父親が生きているという幻想に捕われようとしない。
「…………あっ、でもこれ……リンクが貼ってあるよ」
投げ捨てられたスマフォを拾い、相生はメール内のリンクをタップする。
「……ばっ!!不用意にリンクを踏むなよ!!」
と言っても時既に遅し。
シュウが取り返した後には強制的に“何か”のダウンロードが始まっていた。
「うわっ……完全に罠リンクじゃんっ!!……どーすんだよ!これ!」
と、責任を相生に押し付けると
「えっ?あっ……わ、わ、わたしの……せい?」
こちらは可哀相なくらいに焦っているのが表情と声色から良く解る。
「ど…ど、どうしよっ!……そ、そうだ電源切っちゃえば……」
そう思いついて、電源ボタンを長押しする相生。
「あ……あれ?消えない……なんでっ?」
電源オフにする表示があわられず、パニックに陥る相生。ダウンロードはもう後10パーセントも残っていない。
「あっ……出た!電源切れっ!」
電源をオフにするスマフォの表示が出現した。あとは電源オフとかかれたスイッチを横にスライドして切れば終わりだ。
「消えろぉー!!」
さすが元剣士。素晴らしい反射神経で電源を消した。
「ま……間に合った……か?」
シュウは恐る恐る、再度電源を入れる。
はぁ…はぁ…と、たいした運動でもないのに緊張感から相生は息を切らしていた。
「…………あっ……間に合わなかった見たい……」
「うそっ……どうして!?」
顔を真っ青に染めて相生は画面を覗き込む。
電源を付けるとホーム画面に戻っていた。そして、一番左下に見たこともないアイコンがインストールされているのが確認出来た。
「……ぅ……ごめん……なさい」
今にも泣きだしそうな顔で謝る相生。
相生がここまで素直に謝るというのはまあ珍しいことではある。
だからというわけでもないが、シュウにも仕方ないという念が生まれた。
「まあ……わざとじゃないんだろうから、いいよ……」
相生はとりあえず嫌味なことはしない良い奴だということはこの長年の赤裸々な付き合いでシュウは解っていた。
わざとでこんなことをする奴じゃないし、その後の慌てっぷりが、可愛いらしかったからか許す気持ちになれた。
「……それにしても、アプリ……なのか?リンク踏んだだけでダウンロードからインストールする迷惑アプリなんて……聞いたことないなぁ……」
“クローンCTS”とかかれたそのアプリケーションをここまでやったのだからと、ヤケクソにタップするシュウ。
「え?……あ!……おしちゃって良かったの?」
「まあ、インストールまでしちゃったし……」
消せばよかったかもしれないが、少し興味を引かれてしまったのだ。
開かれたアプリの画面には、
『2016.10.14.F 18:20:49』という現在の時刻を知らせる表示と↓↑で結ばれたその下に
『2000.10.14.SA 18:20:49』という表示があった、その右下には
『藤崎修弥』という名前さらに↓↑で結ばれた
『Unknown』という表示。
その右隣にはInfoとかかれたブロックがありそのブロック内にはやはり文字化けした何かがかかれていた。
「なにこれ…………2000年10月……ってこれ、16年前の今日の日付じゃない!」
「……なんだこれっ!!おちょくってるのか……?……なんで親父の命日が……」
……背景は灰色の何ともいえない、トリックアートのような背景。
「もう、やめよ?……なんか、こわい……」
相生は手でそっと画面を隠し、止めるように促す。
「…………ああ」
そう言ってアプリを閉じて画面をオフにする。
何故この時にアプリを消さなかったのか。
そんなのは決まっていた。
シュウが、父親が生きているかもしれないなんていう悪い幻想にとり憑かれてしまっていたからだ。
もしここでアプリを消していたとしたら、或は結末は変わっただろう。
良いほうに変わるか悪いほうに変わるか。
それは解らない。
結末なんて神のみぞ知る事象なのだから。