六話
この物語はフィクションです。
尋は狼がケンタウロスを倒したのを確認し、美紗に声を掛けようとした瞬間、狼を操っていた男から尖った声が掛かる。
「そこに隠れてる奴、出て来いよ」
驚いて声を出しそうになった美紗を制し、尋は自身の動揺を隠して一人だけ木の陰から姿を現す。
それに合わせるようにして男も木の陰から姿を現し、狼の右隣へと歩み寄って行く。
強化を視力から五感に戻し、尋は両手を上げながら男の方に近付いた。
五メートル程の距離を置いて二人は向かい合う。
「敵対するつもりは無いから安心して欲しい」
「敵対する気が無いのに姿を隠して覗いてた、って訳か?」
そう言った男は白のYシャツに黒のジャケットとスラックス、茶色のブーツという服装で金髪だった。
背格好から同じぐらいの歳だと思っていたが、どうやら男は大学生のようだった。
「戦闘中に声を掛けたら邪魔になるだろ」
「ちっ、口が回るみたいだな。
で、大人しく出て来て、俺にバッチでもくれるのか?」
「いや、個別ルールの情報交換がしたい」
少し悩む様な仕草をし、男は頷く。
「情報交換か、良いぜ。
で、何番だ?」
「『一』、『二』、『八』だ」
「俺は、『一』、『五』、『八』だ」
「お互い一つずつか」
「みたいだな」
お互いにルールを教え合った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『五』フィールドについて
毎日、朝七時になるとフィールドがランダムで変化します。
変化時、現在位置が障害物の中だったりする等の場合は半径一キロメートル以内の場所に勝手に転移します。
もし、半径一キロメートル以内の場所も障害物の中だったりする等の場合は失格となります。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「情報交換は終わりだ。
この後は、バッチの奪い合いだな」
「いや、さっきも言っただろ?
ルールが全部分かるまでは戦う気はない」
「お前には無くとも、こっちには関係ねぇ」
いきり立つ男に、尋は右手を上げて制止を求める。
「待てよ、戦闘に関するルールが有るかも知れないのに攻撃して良いのか?」
「そんな脅しが通用するかよ。
と言いてぇけど、こっちは戦闘直後で疲れてるしな、見逃してやるよ」
「そうか、ありがとう」
そう言って尋は背を向けて歩き出す。
そこへ狼が飛び掛かり、左前足の爪で首を切り裂いた――かの様に見えたが、見えない壁に阻まれて尋は無事に済んだ。
必中だと思っていた狼の攻撃が失敗し、男は動揺して叫ぶ。
「何故分かった!?」
「狼の敵意というか殺気か?
それがずっと肌に伝わってたからな」
攻撃する前と同じ位置に戻った狼を見て男は舌打ちし、忌々しそうに睨む。
「ちっ、使えない。
ケンタウロス!!」
その言葉と同時に男を挟む様にして狼とは逆の位置に音も無く現れた。
嘲笑う様に口を歪めた男は、指示を出すとともに後ろに下がって行く。
「行けっ、奴をぶっ殺せ!!」
狼は回り込む様に移動、ケンタウロスは真っ直ぐにタックルを仕掛けて来た。
動揺していた尋は咄嗟に判断が出来ず、対処に遅れた。
「尋君」
その言葉とともに突風が吹き荒れ、二匹だけを吹き飛ばす。
「ありがとう、美紗。
そのまま隠れて援護してくれると助かる」
「分かった、無理しないでね」
その言葉に尋は右手を上げて答えた。
「ちっ、仲間が隠れてやがったのか。
油断ならねぇな」
「さぁ、どうする?」
「虚仮にされて引き下がれるかよ」
今度は先程と違い、二匹共同時に攻めて来る。
また真っ直ぐにタックルを仕掛けて来たケンタウロスは、尋の作った壁にそのまま激突する。
草の中に隠れてしまっている狼は近い位置だと見付けにくく、対処出来なかった。
突風がまた狼を吹き飛ばし木に激突した、かと思われたが寸前で体を捻り、足で衝撃を受け止め、その反動でこっちに飛び掛かって来る。
今度は姿がはっきりと見えていたので、壁を作って防御することが出来た。
「何だよ、その動きは。
厄介過ぎだろ」
狼が見せたとんでもない動きに対して尋は愚痴を漏らした。
壁と激突したケンタウロスが回復し、またタックルを仕掛けて来る。
懲りずに真っ直ぐに向かって来たので壁を作って、狼の方に集中した。
しかし、狼は何の動きも見せない。
「尋君、ケンタウロス!!」
その声につられて見ると、そのまま壁に激突したと思い込んでいたケンタウロスがジグザグと大きな動きで走り、迫って来ていた。
壁を作る余裕は無かったので、尋は前方に身を投げ出す様に転がってその場から離れる。
が、ケンタウロスの左手に左足を捕まれ、そのまま一気に逆さ吊りにされてしまった。
ケンタウロスの残った右手が拳の形を作り、尋の顔面を目掛けて振り落とされる。
拳が当たるより早く突風がケンタウロスに向かって放たれた。
今度はただの風では無く、ケンタウロスの右腕を切り裂く。
ケンタウロスは苦悶の声を上げ尋を掴んでいた左手を離し、右腕を押さえた。
「痛っ」
受け身も取れず地面に激突して呻いた尋の顔に、いつの間にか近付いていた狼の右前足が迫って来る。
それをゴロゴロと転がって躱すが木にぶつかり、追い詰められてしまった。
左前足を振り上げた狼だったが、いきなり後ろに飛び下がる。
一拍遅れて突風が先程まで狼の居た場所に吹き荒れたが、草を刈るだけに終わった。
「美紗、悪いけど先にケンタウロスから倒したい」
複雑な動きをする狼より先に単純な動きのケンタウロスを倒した方がやり易い、と立ち上がりながら考えた尋は美紗にお願いした。
「大丈夫、分かった」
躊躇なく了承してくれた美紗に尋の心は痛んだ。
そこへ右腕をだらりと下げたケンタウロスがこっちへ向かって来る。
狼からの邪魔が入らない様にする為、尋は後ろに木を避けて一枚の大きな壁を作り、ケンタウロスに集中した。
ケンタウロスはいつの間にか木の枝、というよりは棍棒を左手に持っている。
どうやら木から無理矢理にもいだ様で、先の方は中の色が見えて不揃いで、手元の方は葉っぱがいっぱい付いていた。
人一人を片手で持ち上げることが出来るし、凄い膂力だと尋は改めて思い知った。
ケンタウロスが木の棍棒を振り上げるのを見て、尋は壁を作り防御する。
しかし、壁は木の棍棒に粉砕され、尋は慌ててしゃがみ込み直撃をなんとか避けた。
棍棒は後ろ壁に当たり、大きな穴を開け、その穴から狼がこちら側に入って来る。
ケンタウロスは足元の尋を見て棍棒を振り上げた。
そこへ今までよりも強力な突風がケンタウロスを襲い、穴が空いた壁の向こう側へと吹き飛ばす。
突風で吹き飛ばされ転んだケンタウロスに、再度突風が襲い掛かり体中を切り裂いた。
ケンタウロスはかろうじて立ち上がったが、体中から血を噴き出しながら地に倒れ、そのまま消えていく。
その最期はまるで狼と戦っていた時の再現の様だった。
ケンタウロスが消えたのを確認した尋は立ち上がり、狼の方へ向き警戒する。
すると突然、狼がケンタウロスが居た方を見て、低い唸り声を発した。
その声につられて木の陰に居た男が現れる。
「ちっ、こんな時に。
おいお前、確か尋だったか?」
「だったら何だよ?」
「俺の名は、沢渡 颯太だ。
覚えておけ、お前を倒すのは、この俺だからな」
そんな捨て台詞を吐いて男――颯太は、狼と共に脇目も振らず逃げて行った。