四話
この物語はフィクションです。
「星奈が二人居るのは何か変な感じがする」
「変というか違和感みたいなのがあるよね」
元から居たのは二人の目の前に浮かび、次に現れたのは美紗の肩の上に腰掛けている。
『では、一人になりましょうか?』
二人の星奈が同時に喋る。
「あ〜、お願い」
「なら、私からも」
二人の答えを聞くと、肩の上に腰掛けている方が次第に薄くなり消えた。
「さてと、今後の方針を決めようか」
「その前にお互いの能力とか把握しとこうよ」
「そっちからやった方が決めやすいか」
二人は腕輪を触って起動させ、お互いのアビリティを確認する。
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風
風を操ることが出来る。
無風状態では使えない。
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「美紗の能力は使い易そうだね」
「そうかな、無風だと使えないよ?」
その言葉に美紗は首をちょこっと傾けながら答えた。
「わざわざ無風って書いてあるから、手や足を動かしただけの微風でも使えると思うけど?」
「どうして分かったの?
私は無風の時に手を動かして、偶然気付いただけだよ」
驚いた表情をしつつ、美紗は感心していた。
「ん〜、ルール説明とかが不親切なのは、自分で考えろってことなんだと思う。
だから、無風っていうのはヒントだったんじゃないか、って思ったんだ」
その言葉を聞いて、美紗は思い出すような仕草をする。
「そういえば最初に、力と知恵を振り絞り、って言ってたね」
「だから、ルールには抜け道や落とし穴があると思う」
「そうだね、気を付けないと。
それで、尋君の能力は二つも有るけど、何かしたの?」
早速疑って来たことに、尋は笑いながら否定する。
「違うよ、これは元から二つ持ってたんだ。
でも、さっきアイテムを手に入れて使ったよ」
「そっかぁ〜。
それで、何が手に入ったの?」
興味津々といった感じで美紗は聞いた。
「触らずに腕輪を音声で起動出来る機能、サーチで方角が分かる機能」
「便利そう。
そういえば、戦闘禁止なのに、エネミー倒したの?」
「倒したというか、能力で壁を作って、そこに猪が突進して自滅した。
って感じかな」
「正当防衛ってこと?」
首を傾げつつ聞いた美紗に、考えながら尋は答える。
「どうだろう、能力が防御だったから攻撃と判断されなかったのかもね」
「ところで、エネミーって動物なの?」
「俺が遭遇したのは動物だったけど、詳しくは分からない」
その質問に尋は首を振った。
「モンスターみたいなの想像してた。
どうしよう、犬や猫だったら攻撃出来ないかも……」
その言葉を聞いた尋は、不安に思い、少し尖った口調で尋ねる。
「あのさ、攻撃系の能力じゃない俺が言うのは間違ってるかも知れないけど、それで人に攻撃出来るの?」
その質問に美紗は震えた声で話し出す。
「そんなこと、分からないよ。
一人のままじゃ無理かも、って感じたから共闘しようと思ったの。
尋君から、エネミーの話を聞いた時、少しずつ慣れていこう、って考えを変えることにした。
けど、モンスターじゃなくて、動物だったら人と変わらないよぉ……」
そう言って美紗は泣き出し、座り込んでしまった。
その様子を見た尋は、自分を呪いたくなった。
そのまま美紗の泣いている姿を見ているのが辛くなり、尋はそっと抱きしめ、優しく頭を撫でる。
「ごめん、美紗の気持ちを少しも考えて無かった。
俺の能力はあれだからさ、攻撃出来る能力の美紗と共闘出来て良かったと思ったんだ。
その気持ちの中にはきっと、自分で人を傷つけないで済む、って身勝手な思いが少なからずあった。
だから、美紗が戦えないみたいなことを言ったから、不安になって責めるようなことを言ってしまったんだ。
美紗の心を傷つけて、ただ謝っただけで赦されるとは思えないけど、ごめんなさい」
そう締めくくり、美紗からゆっくりと離れ、尋は土下座をした。
そのまま少し経ち、何処からか低い唸り声が聞こえてきた。
「くそっ、なんでこんな時に」
そう良いながら、尋は立ち上がり五感を強化する。
強化された聴力と視力のお陰で、それに気付くことが出来た。
大きさは二メートル四方、強度は何よりも硬く。
「美紗っ!!」
それは美紗の背後に素早い動きで迫って来る。
能力が間に合い、鋭い爪による攻撃は美紗には届かなかった。
見えない壁に阻まれ、強襲に失敗したそれ――狼は距離を取る。
突然の状況変化に付いて行けず、困惑している美紗を庇う為、尋は前に出た。
その行為に対するかの様に、先程の狼の後ろから四匹の狼が姿を現した。
そのまま狼達は半円を描くように二人を包囲する。
尋は何時でも能力で壁を作れるように、集中し始めた。
最初は目の前の狼が攻めて来る。
それを尋は素早く作った壁でその行動を阻む、その視界の右端に別の狼が動いたのが見えた。
同じように壁を作り、行動を阻む。
そうして視界に映った狼達の行動を次々に阻んでいった。
このままでは無理だと思ったが、立ち上がることが出来ない美紗は、静かに尋の邪魔にならないように声を掛ける。
「尋君、このままだと……」
「大丈夫、攻撃が無意味だと分かれば、狼達も居なくなるさ」
それはただの願望だったが、美紗に攻撃させる訳にはいかなかった。
しかし、尋にもこのままではじり貧だということは、分かっていた。
(作っているのが壁だから、いちいち相手を見て作らないといけない。
なら、ドーム状のバリアをイメージすれば……?)
そう考え、狼達の攻撃に隙が出来るを待つ。
程なくして、狼達の攻撃が止まり、半円の包囲に戻った。
それを確認し、新たなシールドをイメージする。
大きさじゃなく、半径は俺を中心とした三メートルでドーム状、強度は何よりも硬く。
そうイメージした瞬間、今まで味わったことが無い頭痛がして、倒れそうになった。
何とか踏ん張って耐え、深呼吸する。
明らかな隙に何もして来ない狼達を不思議に思い、尋は前を見た。
その瞬間、狼達は一斉に上を向き吠える。
慌ててもう一度イメージするが先程と同じ頭痛がして、あと少しのところで、上手くいかなく失敗した。
そうしている内に、さっきの声に呼び寄せられ、新たに狼が五匹現れる。
そのまま包囲の輪に加わっていき、さっきの半円と違い、今度は完全に包囲された。
その様子を見て、諦めずに三度、イメージする。
半径は俺を中心とした三メートルでドーム状、強度は何よりも硬く。
相変わらず、頭痛はしていたが今度は成功した。
その瞬間、狼達が一斉に襲い掛かって来たが、バリアに阻まれて攻撃は届かない。
今度は入れ替わり立ち替わり、様々な場所から攻めて来るが、攻撃は全く届かない。
しかし、バリアを維持している間も頭痛が続いてる尋は、今にも倒れそうだった。
その様子を見て、美紗は立ち上がった。
後ろで美紗が立ち上がったのを感じ取った尋は、優しく声を掛ける。
「無理しなくて良いから」
「尋君だけ辛い思いをしているのに、私だけが怯えてられないよ」
振り向き、美紗の真剣な表情を見た尋は頷く。
「分かった」
「このバリアみたいなのがある所為で、私の能力が狼達が居る外には使えないみたい。
だから、私が合図すると同時に消して欲しい」
それは、防御するのを止めて、狼達の攻撃に無防備になるということだった。
迷っている尋の目を見詰め、美紗はもう一度お願いする。
「お願い、私を信じてバリアを消して欲しい」
「ごめん。
さっき、分かったって言ったばかりなのに」
その言葉を聞いた美紗は、悲しそうに顔を伏せた。
「だから、美紗を信じる」
その言葉を聞いた美紗は、お礼を言う。
「ありがとう。
三カウントで良い?」
「全て任せる」
「分かった。
三、二、一、今!!」
タイミングを合わせ、バリアを解く。
すると、美紗を中心に風が集まっていく。
「行っけぇ〜!!」
その言葉とともに集まっていた風が狼達に向かっていった。
風に触れた狼達はカマイタチの様な傷が次々と刻まれていき、体中から血を噴き出し、苦痛そうな声を出しながら倒れていく。
倒れていった狼達は、跡形も無く消えた。
「うっ……」
狼達を見ていた尋は、その声を聞き、口を押さえてうずくまる美紗を見た。
「起動、アイテム、ガーゼ。
本当はハンカチがあれば良かったんだけど……」
そう言ってガーゼを美紗に渡しながら、尋は背中を摩る。
そのまま短くない時間が流れ、美紗が口を開く。
「ありがとう。
ごめんね」
「こっちこそ、ありがとう。
そして、無理させてごめん」
二人してお礼と謝罪をしつつ、初めての戦闘を終えた。
その様子を遠くから双眼鏡で眺めている男が居た。
「ふむ、こんな短時間で自力で能力を進化させたのか。
厄介な相手になるかも知れないな、今の内に始末するべきか……。
いや、上手く誘導してあの化け物の相手をさせた方が良いか。
あの化け物を作り出した責任の一端は彼にあるのだから……」
その男の不穏な言葉は、誰の耳にも届くことは無かった。