三話
この物語はフィクションです。
辺りを三十分程探し回ったが、誰にも遭遇しなかった。
『逆方向だったのかも知れませんね』
「せめて方向だけでも分かれば良いんだけどな」
赤色に光ったを確認して直ぐさま腕輪に触ったのだが、何も反応せず一分程光り続けた後、消えたのだった。
徒労に終わった所為で余計に疲れた気がする。
木に寄り掛かって休もうとしたのだが、右から鋭い視線を感じ取った。
直ぐさま振り向くと、前足を動かし、今にも突進してきそうな猪を視界に捉える。
転がるようにして木の陰に隠れたその直ぐ横を、猪が勢い良く通り過ぎて行った。
「くそっ、何でいきなり襲ってくるんだよ」
何もしていないのに関わらず、いきなりエネミーに狙われて悪態をつく。
『もしかしたら、直前まで戦闘してたのかも知れません』
「探してた奴と、か?」
『憶測ですけど』
木の陰から覗いて見ると、また前足を動かしていた。
どうやら会話をしている間に、方向転換を終えたみたいだ。
「ぶっつけ本番だけど、やるしかないか」
再度の突進をまた木の陰でやり過ごし、そこから飛び出す。
まず、身体能力を強化するイメージをしたが、曖昧過ぎて無理だった。
今度は五感を強化するイメージをする。
上手くいったようで、視野が広がり、足音がはっきりと聞こえ、土や木の臭いに混じり獣の臭いも嗅ぎ取れるようになり、敵意を肌で感じ取れるようになった。
そして、目の前に壁を作る、いや有るとイメージする。
大きさは二メートル四方、強度はとにかく硬く。
イメージ通りに作り終えた途端、猪が真正面からシールドに突っ込んで来た。
凄まじい衝撃音に思わず、しゃがみ込みながら耳を塞ぐ。
立ち上がりつつ辺りを見回したのだが、いつの間にか猪が消えていた。
(何処に行った?)
不思議に思っていると、腕輪が青色に光った。
触って起動させると、アイテムの所に新しく何かが追加されていた。
「何だろ、えっと、腕輪機能向上セット?」
いつの間にか猪が消え、アイテムが増えたことに頭を悩ませていると、星奈から説明が入る。
『先程、エネミーを倒したので、運良く入手したのですよ』
確かに、エネミーのルールに書いてあった。
「さっきの猪は消えたんじゃなくて、倒したのか」
どのくらいの度速だったかは分からないが、頭から勢い良く壁にぶつかったのだ、死んでもおかしくは無かった。
「これって、持ってるだけで良いのか?
それとも使わないと駄目なのか?」
『使わないと効果が有りません』
その言葉を聞き、早速使ってみた。
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音声ショートカット機能追加
腕輪を触らなくても音声だけで起動、アイテムを使用出来る。
サーチ機能拡張
赤色に光っている内に腕輪を起動させると、その時点での方角が分かります。
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「おぉ、便利な機能が追加された」
『あの程度のエネミーから入手出来るものでは、一番良い物ですね』
会話をしていると、背後から木の枝が折れる小さい音がした。
「誰だっ!?」
その言葉とともに警戒しながら、振り向く。
そこには、驚きと怯えが半々といった表情の少女が木に手をついて、こちらの様子を伺っていた。
「怖がらなくて良いよ。
危害を加えるつもりは無いから」
優しい口調で言葉を掛けたのだが、返事は無く、木の陰に隠れてしまった。
「いきなり誰かが後ろに居て、こっちも驚いただけだから」
もう一度話し掛けると、木の陰から顔を見せてくれた。
「どうして此処に?」
偶然通り掛かったというよりは、辺りを気にしていた様に感じられ、少女に質問した。
まだ少し怯えた表情をしていたが、今度は返事をしてくれた。
「少し前に大きな音が聞こえたので、気になって見に来ました」
あれだけ大きな音がすれば誰かが見に来るのは、考えればすぐに辿り着く答えだった。
あの時、腕輪が光らなければ、きっとこの場所から離れていた。
「とりあえず、此処から離れよう」
そう言って、少女の手を掴み走り出す。
少女は何か言いたそうに口を開きかけたが、結局何も言わず、俯きながら素直に着いて来た。
前だけを見ていたので、少女の頬がうっすらと赤くなっているのに気付かなかった。
そして、この時の判断は事実的には正しくて、結果的には間違いだった。
二十分程無言で走り続けた。
「これくらいで大丈夫かな?
ごめんね、いきなりで」
結構なペースで走った所為で、頬が上気しているのであろう少女に謝る。
「いえ、あの」
少女はそう言って俯いてしまった。
先程は少女を見る暇が無かったが、改めてみると綺麗な少女だった。
目や鼻立ちはすっきりとしていて、口は薄く、色白で線の細い儚げな印象が、森の中に居ることで増していた。
少しウェーブ気味の艶のある黒髪は腰に届くぐらい長さ。
胸元の黒リボンがアクセントになっている淡い水色のフリルブラウス、同系色で膝上丈のフレアスカート、靴はピンクのヒールスニーカー。
その服装は少女にとても似合っていて、思わず見取れてしまった。
「あの、そんなに凝視されると恥ずかしいです」
少女に言われて気付き、慌てて謝る。
「ごっ、ごめん。
君が可愛いかったから、つい……」
「ぁ、ぅ、その……。
ありがとうございます」
小さな声でお礼を言った少女の顔は、かなり真っ赤になっていた。
少しの間、気まずい沈黙が流れた。
その沈黙は少女からの質問で破られる。
「どうして、あの場所から離れたのですか?」
「人が沢山集まると、収集がつかなくて、争いが始まりそうだったからだよ」
「そうですか。
でも、その心配はいりませんでしたよ」
そう言い切った少女の顔は自信がありそうだった。
「そういうルールがあったのかな?
お互いの知っているルールの情報交換しない?」
「はい」
そうして、ルールを教え合った。
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『四』共闘のデメリットについて
ステータス、アビリティ、アイテムが共闘者も閲覧出来るようになります。
負けの条件に、共闘者も含まれるようになります。
『六』戦闘時間について
ゲームが始まってから、朝七時から、戦闘禁止区域に入ってからの二時間以内の間は戦闘行為を禁止しています。
このルールを破れば失格となります。
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少女から教えて貰ったルールを見て納得する。
「確かに、このルールを知っていれば、争いは起こらなかったね」
「はい。
それで、期限付きでも良いので、私と共闘して下さいませんか?」
いきなりの申し出に面食らう。
「そんな簡単に決めて大丈夫?
今の所、デメリットしか分からないのに共闘して良いの?」
「大丈夫です」
そう言った少女の顔に迷いは無かった。
「理由を聞いても良い?」
「デメリットさえ分かれば、それ以上の悪いことは無いと思います。
それに、同じナビゲーターだったからです」
少女が腕輪に触ると、星奈が二体に増えた。
とても驚いた顔をすると、その表情を見た少女が笑う。
その笑顔は先程の儚げな印象とがらりと変わり、向日葵のようだった。
また見取れそうになり、不自然にならないように言葉を返す。
「一番最初に出会った人が同じナビゲーターって、凄い偶然だね」
「私もそう感じたので、共闘しようと思いました」
そのやり取りで答えは決まった。
「柳 尋。
宜しく、名前で呼んで良いから」
「紅林 美紗です。
なら、私も名前でお願いします」
「美紗で良いかな?
それと敬語は止めて良いよ」
「はい……じゃなくて、うん。
宜しくね、尋君」
こうして二人は共闘者になった。