終わりと始まり
ある朝目を覚ますと、世界が滅亡していた。
世界の滅亡なんてよくある話だ。もちろんフィクションで。
でも、それが自分に起きたとなると話は別だ。夢ではないかと疑ってしまう。
そんなわけで、今は自分のほっぺをつねっている最中だ。やはり痛い。とてつもなく痛い。
右を五回、あまりにも痛いので今度は左を五回。計十回目である。
私は右利きで、右手の方が握力が強いわけで。左手の握力の方がちょっぴり弱いわけで。
あまりに痛くて、ちょっぴり泣いてしまっている今日この頃。
いくらなんでもやりすぎだろ! と、言われるかもしれないが、何分私は混乱しているのだ。
多少のドジはスルーしていただきたい。
何故私がそれほどまでに混乱しているかというと、今のこの現実は、まったく現実感が無いからである。
まず、私はいつものようにうるさい目覚ましに起こされたわけでなく、優雅に鳥のさえずりに起こされたわけでもなく、普通に自分で起きた。
枕元の携帯電話で時間を確認すると、すでに九時を過ぎていた。
いわゆる女子高生である私にとって、それは遅刻という事実を告げていた。
このまま行けば皆勤賞だったのに。とりあえず悔しがってみた。
だが、いつもなら心優しい母か、自慢の妹が起こしてくれるはずだ。
もしも万が一、親愛なるお父様が起こしに来てくださったのなら、腹に一発蹴りを入れてやればいい。
それでおつりが返ってくるどころか、まだ足りないかもしれないが、十円程度なら気にしない。十円あっても、あのみんなが大好きなちくわ状の駄菓子は買えない。消費税があるから。
もしそれ以上なら、もう一発ぐらい入れよう。
というわけで、誰も起こしに来なかったというのは、おかしいのである。
家族全員仲良く寝坊。なんてことはまずないだろう。母と妹はめったに寝坊しない。寝坊するのはいつも父か私だ。
これで否応にも誰が誰に似たのか分かってしまう。
そして、誰も起こしに来なかった理由はすぐに分かった。
今日の目覚めは最悪だった。
苦手な人参を無理やり口の中に詰め込まれる夢を見ていたからだ。
もう子どもではないのだから、苦手だけど食べられないことはない。
でも生はやめてくれ。私は馬ではない。
そして、何故そんな夢だったかというと、私がうつぶせに寝ていたからだ。そりゃ苦しいだろう。
そんなこんなで、その体勢で時間を確認し、一通り思考を巡らせた後、私はあおむけになった。
するとどうだろう。なんと青空が見えるではないか。もちろん私の部屋は屋根の上ではない。
そして周りを見てみると、物が散乱していた。
もしや大地震があったのだろうか。
でもそれならさすがに起きるだろう。私もそこまで鈍くないはずだ。
それになんだかとても静かだ。
大地震が起きたなら、大騒ぎになっているだろう。でも聞こえる音と言えば、私の発する音だけだ。
散乱する物を踏まないようにしながらリビングまで行ってみたが、誰の気配もしない
行く途中で妹の部屋をのぞいてみたが、そこに妹の姿は無かった。
そしてリビングにも誰もいない。
どうやらこの家には私しかいないようだ。
そうしてほっぺたをつねり始めた私だが、いろんな意味で痛いのでやめることにした。
とりあえず、家の中に人はいないようなので外に出たいところだが、まずは腹ごしらえだ。腹が減っては戦はできぬ。まあ戦なんてしないけど。
冷蔵庫は倒れて中身が飛び出て散乱している。毎朝飲んでいる牛乳はあきらめよう。代わりにぬるくなった水をごくごく飲んだ。
何か食べるものはないだろうか。などと考えていると、ちょうどいい所に乾パンの缶が転がっていた。
あれを食べることにしよう。
缶を開けて一つを口に放り込む。あまり味はしない。ジャムでもつければよかったのだろうか。
でもジャムは見つかりそうにないので、もういくつか食べて水で流しこんだ。
そういえばまだパジャマのままだった。誰かに会うかもしれないし、着替えた方がいいだろう。
慎重に部屋に戻り、倒れたたんすから服を引っ張り出して着替えた。
ついでにリュックサックもあったので、それに荷物を入れることにした。
再びリビングに戻り、持っていく物を探し始めた。
とりあえず、水と食料は必要だろう。さっきの乾パンとペットボトルの水を持ってきた。
水は結構荷物になりそうだが、絶対必要だろう。一本二リットルなので一つだけにした。
他には携帯電話、財布、生徒手帳、ハンカチ、ティッシュ、救急セットを持ってきた。
それらをリュックサックに詰めると、私はついに家を出ることにした。
外に出てみると、ひどいものだった。
なぜか被害の程度はバラバラだったが、どの建物も被害を受けている。
その中では、私の家はかなり被害が少ない方だろう。
崩れるどころか、建物が完全に消えてしまっているところもあるのだ。
そしてあいかわらず静かだ。おそらく近くには誰もいないのだろう。
さて、どこに行こうか。
学校にでも行こうかな。もしかしたら生き残っている生徒が登校していたりするかもしれない。
それにあそこは、災害時の避難場所になっているので、生徒以外にも誰かがいるかもしれない。
まずは学校を目指すことにしよう。
ちなみに私の通う学校は、家から歩いて二十分くらいだ。
私からすると、家から近いというくらいしかいい所がないように思う。
別に悪いところがあるわけではない。他は普通なのである。
特に目立った部活があるわけでもなく、学力だって中くらいだ。
そんな学校でも毎日通っているので、たとえ周りの建物が崩れていたとしても、迷うことなく行けるだろう。
目をつぶっていても行けそうだ。
そういえば、前にそれをやって電柱に頭をぶつけてしまったことがある。思い出したら頭が痛くなってきた。
今は足元が悪いので、そんなことは絶対にやめよう。
そんなことを考えていると、通学路の途中にあるコンビニが見えた。
私はコンビニにあまり来ない方だ。買い食いだってあまりしない。
だいたい家の近くで買い食いしなくてもいいだろう。するならもっと遠くの、それもコンビニ以外がいい。
コンビニを利用するのは夜中に何か必要になった時や、家族で料理ができる者がいない時だ。
コンビニはいつでもやっているので、非常に便利だ。
そこは大いに活用させてもらっている。
品ぞろえはそこまで良くないが、そこに文句は言えない。
規模が小さいからこそ、二十四時間営業ができるのだろう。
あと、家から近いので夜中に行ってもあまり危なくない。
か弱い女子高生にとって夜の街は危険だ。何をされるか分からない。だからあまり遠くには行けないのだ。
そして、情けないことに、私は父と同じく料理ができない。
なので、母と妹が風邪でダウンしたり、出かけていたりすると、食事は必然的にコンビニのお弁当になったりする。
やっぱり近いので便利だ。
で、そのコンビニだが私の目の前で見事に崩れ去っていた。
どうせなら何か持っていこうかと思っていたのだが、残念だ。
まあ、犯罪行為に及ばずに済んだと思って、よしとしよう。
再び学校に向かって歩き出した私は、これからのことなどを考えてみることにした。
生きているのが私だけだったらどうしよう。この状況ではそんなことも考えてしまう。
もしも私が最後の人類なら、残りの人生をどう使えばいいのだろうか。
しかも人類どころか、さっきから動物も見ない。私は地球上で最後の動物になってしまったのだろうか。
それとも、こんなことになっているのはこのあたりだけなのだろうか。
なんだか考えるだけで悲しくなったのでもうやめだ。他のことを考えよう。
学校に行ったとして、誰かがいたらどうしようか。
その人と一緒に生活することになるのだろうか。まあ、一人でいるよりはいいだろう。
でもそれが知らないおじさんだったらどうしよう。
などと考えていると、学校の近くの交差点、だった所に差し掛かった。
交差点に入ったところで、向こうの方に人影が見えた。
私は嬉しくて飛び上がって、その人物を呼ぼうとした。
が、それは知らないおじさんだった。
どうしよう。声をかけるべきか、かけないべきか。
見たところ、年は五十過ぎといったところだろうか。
とても失礼だが、セクハラ部長といった感じだ。
あの人と生活するなら、父と二人暮らしの方が数倍はましだ。
まあその父ももういないのだろう。
今度こそ涙が出てきた。
おそらく、私の家族はもう生きてはいないだろう。
死体こそ見ていないが、そんな気がする。
もう死んでしまおうか。そんな考えさえ浮かんでくる。でも死ぬのも怖い。
そんなわけでしばらく泣いていたが、私は手で涙をぬぐった。
もうおじさんはいなかった。私には気付かなかったようだ。
でも、きっと他にも人はいるだろう。そんな希望が出てきた。
私は、学校まであと少しの道を、ゆっくりと歩いていった。
学校、だった場所に着いたが、ほとんど建物が無くなっていた。
さて、誰かいるのだろうか。
あたりを見回してみると、人影が見えた。
嬉しかったが、呼びかけることはしなかった。さっきのことが原因だろう。
そんなわけで、私はその人影の方に歩いていった。
そこにいたのは、私のよく知る人物だった。
「やあ、こんにちは」
と、いつものように挨拶してきたので
「こんにちは」
と、私もいつものように返した。
そんな彼は私の幼なじみである。
校庭の真ん中あたりに、テントが張ってある。そしてその近くで、ガスコンロでラーメンを作っていた。
いいにおいがする。まだそんなにおなかはすいていないが、それでも食べたくなる。
彼は料理が大得意なのだ。
「おいしそうだね」
「一緒に食べるかい?」
「うん」
そういうわけで、ラーメンを食べながら話すことにした。
「それで、ここに来る途中で誰かと会ったかい?」
「えっと、誰とも会ってないよ」
あのおじさんのことは言わなかった。
「僕も誰とも会わなかったよ。もう誰もいないのかな、この街には」
「そうかもしれないね」
彼の家は学校を挟んで、私の家と反対の場所にある。だから、他に生きてる人はあのおじさんくらいかもしれない。
この話題はやめよう。そう思ってさっきから気になっていたことを聞いてみた。
「あのさ。このコンロとか、そっちのテントはどうしたの」
「ああ、これ?近くのスーパーから拾ってきたんだ」
たしかに、彼の家の近くに大きなスーパーがある。いや、あったと言うべきか。
「じゃあ、あそこはけっこう無事な方?」
「むしろ、無事じゃない方かな。コンロとかは埋まってたのを引っ張り出してきたんだ」
私が高熱を出して倒れた時、学校から家まで彼がおぶっていってくれたことがあった。
その細い体からは想像できないけれど、彼はけっこう力持ちだ。
体重だって私と似たようなものだ。それでも何の苦もなく私を背負っていた。
「それにしても、このラーメンおいしいね」
「ありがとう。まあ、インスタントだけどね」
「でもおいしい」
「そう言ってくれるとうれしいな」
彼は笑った。いや、もっと笑った。
思えば、彼の笑顔以外の顔を見た記憶がほとんどない。
きっと彼は素の顔が笑顔なんだろう。
まあ、笑顔と言うと大げさかもしれないが、少なくとも微笑んでいる。
笑う門には福来るなどとよく言うが、確かに彼といるとなんだかいい気分になる。
テストの点が悪くて落ち込んでいる時も、風邪で苦しい時も、彼の顔を見るとなんだか落ち着いた。
そんな彼と幼なじみである私は、けっこう幸せなのかもしれない。
ラーメンを食べ終わったら、なんだか眠くなってきた。
「ちょっと近くを見てきたいんだけど、君も来るかい?」
「ここで……待ってる」
なんだかとても眠くて、動けそうになかった。
「じゃあ、ここで待ってて」
なんだか、このまま彼がいなくなってしまうような気がしたけれど、眠気の方が勝っている。
「うん。いってらっしゃい」
そうして彼は私の家の方向に歩いて行った。
パーン! どこからかそんな音がした。
どうやら私は、テントの中で眠っていたようだ。
時計を見ると、彼が行ってから十分後くらいだ。
「ねむ……」
なんだか眠くて、私はまた眠ることにした。
公園の真ん中で、女の子が泣いている。いや、私だった。たぶん三歳くらいだろう。
隣には男の子が立っている。同じく三歳の彼だ。
おそらくこれは、私が覚えている中で一番古い彼との記憶だ。
もう夕方だ。子どもは帰る時間だ。それでも二人はまだ帰らない。
たしか、私が何かをなくしたんだった。それで彼も一緒になって探してくれていた。
「ほら、みつけたよ」
そう言って、彼は持っている物を差し出した。
でも手元がかすんでよく見えない。
それよりも、その時の彼の笑顔の方をよく覚えていた。
「俺と付き合ってくれ」
桜の木の下で、先輩に告白された。
これは、中学一年生の時の記憶だ。
名前も知らない人だった。なんだか有名な先輩だったらしい。そのことは後で知った。
「あの……ごめんなさい!」
頭を下げて立ち去ろうとした。が、先輩は私の腕をつかんで引きとめた。
「痛い……離して」
でも、先輩は離してくれない。
それどころか、私を木の幹に押し付けてきた。
「てめぇ……まさか断る気じゃねぇだろうな」
悪い方で有名だったっけ。
まあ、私は悪い先輩に絡まれていたわけだ。そこに、
「ちょっと、いいですか」
と、笑顔の彼が現れた。
「あ?今取り込み中なんだよ!」
先輩は私の腕を離し、彼の方を向いた。
そこで、チャンスとばかりに私は逃げた。
その後のことは知らないが、後で会った時も、やっぱり彼は笑顔だった。
どこの路地裏だろうか、私は不良に絡まれていた。
理由はなんだったっけ。たぶん、大したことじゃないだろう。
男三人に囲まれて、正直かなり怖かった。
でも、どうしようもなくて、私は声も出せずにいた。
「あ、ここにいたんだ。探したよ」
彼だった。
そのままスタスタと歩いてくると、彼は私の手を取って表通りに出ようとした。
不良たちは最初こそぽかんとしていたが、すぐに道をふさいだ。
「なんだてめぇは!」
そう言って不良たちが近づいてきた。
すると、彼は不良の一人を捕まえると、私に逃げるように言った。
私はそのまま逃げてしまったが、その五分後くらいに彼から電話が来た。
その後彼と合流したが、やっぱり笑っていた。
そして特に怪我もしていなかった。
思えば、いつも彼に助けられていた。
逆に、私が彼を助けたことがあっただろうか。あまり思いつかない……
そういえば、いつも一緒にいるので、周りからは付き合っていると思われることがある。そんなことはないのだが。
好きか嫌いかで言えば、もちろん彼のことが好きだ。
でも、それは恋愛とかの好きではない。と思う。
なんだろう、胸のあたりがもやもやする。
そもそも私は恋愛なんてしたことはない。だから、恋愛感情なんて分からない。
じゃあ……私は彼のことが好きなのかな?
目を覚ますと、目の前に彼がいた。
「わっ! か、帰ってたの?」
「ただいま。驚かせちゃったね」
私には毛布が掛けられていた。彼がしてくれたのだろう。
そして、なんだか心臓がどきどきする。驚いたからだろうか。
それとも……これが恋?
「あれ?なんだか顔が赤いよ。熱でもあるのかな」
そう言って、彼は私のおでこに手を当てた。
なんだか、顔が熱くなってきた。
「少し……熱があるみたいだね。食欲はあるかい?」
「……あんまりないかも」
本当なら、食欲はあるはずだ。でも、今はそんな気分ではない。
結局、軽く食事をしてから寝ることになった。
彼が持ってきた寝袋にくるまって、テントの中に二人並んでいる。
まだ心臓がどきどきしている。気を紛らわせるために、話でもしよう。
「本当に、誰もいなくなっちゃったのかな?」
「まだ分からない。けど、少なくとも僕たちはここにいるよ」
「そうだね。でもこれからどうしたらいいんだろう……」
「大丈夫。君のことは僕が守ってあげるよ」
胸が痛いほどにどきどきする。やっぱり話すのもやめておこう。
「じゃ、じゃあそろそろ寝よっか! 明日も早いだろうし」
本当は眠くなんかないけれど、もはやそうするしかない。
「うん。じゃあ、おやすみ」
「お、おやすみー」
たぶん、私は彼に恋をしてしまった。
世界が滅亡したというのに。
まあ、いつ恋したっていいではないか。
世界は終わってしまったけれど、私の恋は始まった。
そんな感じだ。
試験期間もあと一日、その前の休日に小説が書きたくなって書き始めました。
ただなんとなくのイメージで書き始めたので、思っていたものと違うものができてしまいました。
二週間近くだらだらとやっていましたが、終わってみるとずいぶん文字数が少なかった。
これを書いて感じたのは、プロットの大切さです。あと、やっぱり名前もあった方がよかったかな。




