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創作落語 三献茶

作者: 新橋
掲載日:2026/05/23

 長屋の朝というものは早いもので。 

 豆腐屋が「とーふー」と来る。

 納豆売りが来る。

 裏では井戸端で洗濯の音。


 そんな中を、八っつぁんが何やら難しい顔をして歩いております。


「ご隠居ー。ご隠居ー」


「何だ朝っぱらから。戸が外れる、静かに叩け」 


 ご隠居、煙草盆を引き寄せながら顔を出す。


「どうした八」


「へへ……ちょいと教えて貰いてぇ事がありまして」


「珍しいな。借金じゃないのか」


「違いますよ。今日は学問で」


「お前の口から学問なんて言葉が出ると、世も末だな」 


 八っつぁん、照れたように頭を掻く。


「いやね、昨夜、講釈で小耳に挟んだんですけどね。

 石田三成ってのがお茶を三べん出して、それで太閤さんに気に入られたってぇ話」


「ああ、“三献茶”だな」


「それですよ。

 ぬるい茶をいっぱい、次に少し熱いのを半分、最後に熱いのを少し。

 あれがどうして偉ぇんです?」


 ご隠居、ふむと頷く。


「そりゃ、お前ぇ。

 ご領地を駆けずり回っている太閤が。

 汗まみれの時を考えてみな。

 最初から熱い茶を出したら飲めやしねぇ。

 だから始めはぬるくして量を多くする。

 喉の渇きを癒やすためだ」


「ほう!」


「次は、少し落ち着いた頃合いを見て、やや熱い茶を半分」


「なるほど」


「最後は、熱い茶を少し。

 これは“茶そのものを味わって頂く”」 


 八っつぁん、目を丸くして感心している。


「へぇぇ……!

 ただ茶ァ出したんじゃねぇんだ!」


「相手の様子を見て、心を配る。

 それで太閤秀吉が感心したんだ」


「いやぁ、ご隠居。学問ってぇのは深ぇもんだ!」


「お前も少しは学べ」


「ありがとうございます!」


 八っつぁん、ぺこぺこ頭を下げると、慌てて飛び出していく。

 ご隠居、その背を見ながらぽつり。


「……ありゃ妙な事を覚えなきゃいいが」  



 昼過ぎ。

 八っつぁんの長屋へ熊さんがやって来る。


「おーい八、いるか」


「おう熊! ちょうどいいところへ来やがったな!」


「何だい。やけに嬉しそうだな」


「今日はな、天下人も感心した茶を飲ませてやる」


「ほう? そりゃ結構だ。朝から寒くて敵わねぇ」 


 季節は真冬。

 障子の隙間から吹く風がぴゅうぴゅう鳴っている。

 八っつぁん、得意満面で茶を淹れる。


「まずは一杯目だ」 


 どん、と大きな茶碗。

 熊さん、一口すすって顔をしかめる。


「……何だい、こりゃあ」


「どうした」


「やけに、ぬるい」


「それでいいんだ」


「こんな水みてえなお茶、目一杯注ぎやがって」


「喉を潤すんだよ」


「喉って、お前」 


 だが八っつぁん、得意顔。


「これが三成流だ」


「誰だそいつぁ。

 風邪ひきそうな茶ァ出しやがって」


「太閤様に褒められたお方だ」


「太閤様もどうかしてたんじゃねえのか。

 こんなぬるま湯、しこたま飲まされて」


「まあまあ、こいつあ最後までやらねえと分からねえからな。

 学のねえ奴なら尚更だ」


「余計なお世話だ!!」


 八っつぁん、構わず二杯目を出す。

 今度は半分ほど。


「次は少し熱めだ」 


 熊さん、飲む。


「……ようやく人肌の茶だな」


「ほら見ろ」


「でも量が足りねえよ。

 さっきのぬるいのが目一杯で、次は半分かい」


「頃合いってぇものがある」


「頃合いねえ」 


 八っつぁん、満足そうにうなずき、最後の一杯を用意する。

 急須に、カンカンに沸いた熱湯を注ぐ。

 地獄の釜もこれほどかと言うくらいの熱さ加減。


「これが締めだ」 


 熊さん、まだ寒くて仕方がない。

 思い切って一口で飲み込んでみたら、脳天まで熱さが突き抜けた。


「あちちちッ!!??」


「これは“茶そのものを味わって頂く”」


「味わって頂くじゃねえよ!!

 さっきから、なんでえ!?

 ちったあ、季節てえもんを考えろ!!」


 八っつぁん、そこで初めて、障子の外の木枯らしに気がついた。


「あ……」


「どうした?」


「しまった……今は霜月。

 冬の陣じゃ、太閤様の出番じゃねぇや」

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