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恋を知らない私への処方箋――エリート上司と癒やし系同僚がくれる、ほんものの愛  作者: 桜 こころ


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7/8

第6話 傷つきたくない

 そのあとも合コンは続いた。


 桐生さんは佐々木さんに捕まっていて、私と話すことはもうなかった。

 もちろんほかの誰からも声はかからない。まあ、これは予想通りだ。


 だいたい桐生さんが変なんだよ。あんなふうに話しかけてくるなんて、想定外だった。


 そういえば……川本さんも少しおかしかった。

 私のことを可愛いとか、なんとか。酔っていただけだと思うけど。

 最初はベタベタしてきて驚いたけどそれきり近寄ってこなかった。正気に戻れば私なんて眼中にない、そういうものだ。


 にぎやかな声を横目に私はひとり静かに食事を味わっていた。

 結局その後も何事もなく、合コンはお開きになった。



 店の前で簡単に挨拶を済ませ、私はさっさと背を向ける。

 視界の端では、佐々木さんが桐生さんに話しかけていた。少しだけ気になるけれど私には関係ない。


 料理は美味しかったし、満足だ。

 それに……桐生さんの意外な一面も見られた。それだけで収穫だった。


 なんでかな。ほんの少しだけ、嬉しい。


 彼の顔がふっと浮かび胸がトクンと鳴る。

 あれ? なに、これ。


 違和感を覚えながら一歩踏み出す。

 もうすっかり夜だ。店の灯りのおかげでこの辺りは明るいけれど、少し歩けば薄暗い道もある。

 早く帰ろう。


 雑踏の中、駅へ向かって足早に歩く。

 飲み会帰りらしいほろ酔いの人たちや、寄り添う恋人たちとすれ違いながら進んでいった。


 数十メートルほど歩いたところで、後ろから声がした。


「待って!」


 ん?

 この声は。


 振り返る。駆け寄ってくる人影が目に入った瞬間、目を見開いた。


「き、桐生さん!?」


 なんで、彼がここに。


 目の前で足を止めた桐生さんは軽く息を整え、ちらりと私を見てから視線を逸らす。


「えーと……駅まで、一緒にいい?」


 その表情は、どこか照れているように見えた。




 そして、なぜか私は桐生さんと肩を並べ、夜の街を歩いていた。

 横に視線を向ければ、すぐそこに彼がいる。


 なんで?

 疑問が次々と浮かぶ。

 さっき別れたばかりだよね。佐々木さんに誘われていたはずなのに。どうして桐生さんはここにいるんだろう。


 歩きながら考え込んでいると、彼がぽつりと口にした。


「さっきは、ごめん」


 突然の謝罪に、足取りが一瞬鈍る。

 驚きと戸惑いが入り混じったまま、彼を見上げた。


「え? な、何がですか?」


 謝られるような心当たりはない。


「いや、途中で佐々木さんと話すことになってしまってさ。

 その後もずっと、君を一人にしてしまったから」


 ばつが悪そうに眉をひそめる桐生さんに、ああ、そのことかと気づいた。


 たいしたことじゃないのに、謝らなくてもいいのに。

 やっぱり優しい人だ。


 それに、なんだか不思議な人。


「ぜんぜん平気です。

 それに、誰と話そうが自由ですし。佐々木さんは綺麗ですから」


 口にしてから少しだけ後悔した。

 声の調子が、ほんのり嫌味っぽかったかもしれない。


「そうかなあ。俺はどっちかと言えば、望月さんのほうが好みだけど」


 思わず足が止まる。彼も同じように足を止め、視線がぶつかった。


 そのまましばらく見つめ合う。


 いま、なんて? なにか聞こえた気がする。

 でも落ち着け。これはきっと、社交辞令みたいなものだ。


 そう思い直し、前を向いて歩き出す。


「はは、冗談ばっかり。誰にでも同じようなこと言ってるんですか?

 桐生さんって口がうまいなあ」


 笑い飛ばすように言うと、彼もまた肩を並べてきた。


「ちがうよ。本当に望月さんのこと素敵だなと思って。

 いつも仕事まじめに頑張ってるし、周りのこともちゃんと見てる。それに、とても優しいしね」


 足は止めなかったけれど、瞬きを繰り返す。喉の奥が少しだけ詰まった。


 なにを言いたいんだろう。

 私を褒めて、何か得があるのかな。


 ああ、もしかして仕事だ。頼みたいことがあって、気分を良くさせようとしているのかもしれない。


 そう結論づけた私は軽く頷いた。


「そういうことですか。仕事の話ですね、了解です。

 何か頼みがあるなら、また職場で聞きます。私にできることなら何でもしますから」


 にこりと微笑み返す。


「え……いや、そうじゃなくて」


 桐生さんが何か言いかけたけれど、私は言葉を重ねた。


「あ、駅が見えました。急いでるので、これで!」


 軽く会釈をして、そのまま駆け出す。


 ヒールの低い靴で助かった。

 もともとハイヒールなんて履いたことはないけど、こういう時は本当にありがたい。


 雑踏を縫うように走り、駅へ駆け込む。

 振り向かずに改札を抜けると、ちょうど電車がもうすぐ到着するというアナウンスが流れた。

 私は急いでホームへ下りた。

 焦っていたせいか、途中で何度か人にぶつかりそうになりながらも、なんとかすり抜けて進む。


 間もなく電車が到着し、そのまま飛び乗った。



 車内で、ほっと息を吐く。

 夜の冷え込みで冷えた体に、車内のあたたかさがじんわりと染みていった。


 窓の外、流れていく街の灯りを見つめていると、ふと桐生さんの顔が浮かんだ。


 ちょっと失礼だったかな。あんな去り方。

 明日も会社で会うのに、気まずいなあ。


 でも、あのまま桐生さんと二人でいることが、どうしてもできなかった。

 理由はよくわからない。ただ、無性に逃げたくなった。


 なぜ彼があんなに褒めてくれたのかはわからない。

 でも私は、ああいう台詞に免疫がなかった。好意があるようなことを言われるのは反則だ。


 そういうことに慣れている女性ならともかく、私はだめだ。すぐに本気にしてしまう。


 桐生さんみたいなモテる男性にとっては、よくあることなのかもしれない。軽い挨拶のようなものなのかも。


 でも、私にはそうじゃない。


 昔、何気ない一言を真に受けて、痛い目を見たことがあった。

 相手は深い意味なんてなかったのに、私だけが期待してしまった。


 いつもそうだ。期待しても、苦しくなるだけ。

 だから私は、その前に予防線を張るようになった。どんな言葉を向けられても、優しくされても、きっと違うと自分に言い聞かせる。鵜呑みにしない。


 それでいい。それがいい。

 もう、あんな思いはしたくなかった。


 きっと桐生さんだって、本気で私のことをいいなんて思っていない。少し持ち上げてくれただけ。

 彼は優しい。

 ああいう言葉を、さらりと言える人なんだ。


 そう思うのに、胸がドキドキして落ち着かない。

 桐生さんのことが頭から離れなかった。


 やめて、心を乱さないで。

 また勝手に期待して、同じことになるだけだ。


 忘れよう、今日のことは。きっと私の思い違いだから。


 呪文のように心の中で唱えながら、私はその日、眠りについた。


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― 新着の感想 ―
今までのつらい経験があるから、桐生さんの好意になかなか素直に向き合け無いんでしょうね( ; ; )
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